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供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


供養(くよう)とは、サンスクリット語のプージャーまたはプージャナーの訳で、仏、菩薩、諸天などに香・華・燈明・飲食などの供物を真心から捧げること。


利供養・・・香華・飲食など財物を供養すること
法供養・・・僧が法を説くなど修行して衆生を利益する供養
敬供養(讃嘆恭敬する供養)
行供養(仏法を行ずる供養)
四事供養
飲食・衣服・臥具・湯薬
五供養(密教)
塗香・華・焼香・飲食・灯明
六種供養
閼伽(あか=水)・塗香・華・焼香・飲食・灯明
十種供養
華・香・瓔珞・抹香・塗香・焼香・所W憧幡(そうがいどうばん)・衣服・妓楽・合掌
などがある。


与謝蕪村の墓墓(はか)は、死者の遺体(遺骨)を葬り、故人を弔う場所。一般に墓石・墓碑などを置く。またこの墓石・墓碑のことを墓ということもある。

王などの有力者は巨大な墓を築くことも多く、それらは単に死者を祀る場ではなく、故人の為した業績を後世に伝えるモニュメントとしての性格も帯びる。王や皇帝の墓は法令または慣習により、陵と呼ぶ。また、古代日本では墓を「奥都城、奥津城(おくつき)」と呼んでおり、これにならって、神道墓をそう呼ぶ。

なお、墳墓は「築く」といい、その他の墓や塔は「建てる」という。建てた人という意味で建立者の名を刻む場合は、殆どが「建之」の字を当てる。

また、「墓場」という語は、墓地(埋葬される場所)と刑場(殺害される場所)の2種類の意味があり、文脈で意味するものが異なる。例えば、特撮などで見られる「ここが貴様の“墓場”だ」という台詞では、“墓場”は、いわゆる“刑場”を意味する。


フレデリック・ショパンの墓
(フランス、パリのペール・ラシェーズ墓地)
亀甲墓(沖縄県)
無縁仏(神戸市立鵯越墓園伊屋ケ谷沿い)また、日本でも沖縄では、亀甲墓(かめこうばか、きっこうばか)や破風墓(はふばか、家型の墓)など一風変わった墓も見られる。亀甲墓の形状について、「人は死んだらまた母の胎内に戻っていくという趣旨で、その胎内をかたどったもの」という説明は俗説である。

世界最大の墓は、面積では日本の仁徳天皇陵(大仙陵古墳、大阪府堺市)である。

墓を設けるのは人類共通の習慣ではなく、これを用いない民族・文化も多い。インドやインドネシア・バリ島のヒンドゥー教においては、遺体を火葬した後に遺灰と遺骨を川もしくは海に流し、またはガンジス川に遺体そのものを流して水葬にし、墓を設けない。また墓を設けることと、それに継続的に参拝することはイコールではない。日本でも、ヒンドゥー教のように遺灰を海や墓地公園のようなところで散骨するというやり方も最近では認められつつある。キリスト教徒もかつては教会内部に死者を納め最後の審判の後に復活することを待った。


日本における墓制は、柳田国男の民俗学の研究が土台になってきた。柳田系民俗学は、人間の肉体から離れる霊魂の存在を重要視したため、遺体を埋める埋め墓(葬地)とは別に、人の住む所から近い所に参り墓を建て(祭地)、死者の霊魂はそこで祭祀するという「両墓制」が、日本ではかつては一般的だった、としている。(葬地と石塔と隣接させるのが「単墓制」としている。) そのため、遺体を埋葬する墓所はあったが、墓参りなどの習慣はなく、従来の日本では全く墓は重視されなかったとしている。

しかし、このような墓制には批判が出てきている。岩田重則は、『「お墓」の誕生』(岩波新書)の中で、墓制を(1)遺体の処理形態(遺体か遺骨か)、(2)処理方法(埋葬か非埋葬か)、(3)二次的装置(石塔の建立、非建立)の3つの基準で分類している。(現在一般的な「お墓」は、「遺骨・非埋葬・石塔建立型」)。墓に石塔が出来てきたのは仏教の影響と関係の強い近世の江戸時代あたりからであり、それ以前は遺体は燃やされずに埋葬され、石塔もなかった(「遺体・埋葬・非建立」型)。また、浄土真宗地域および日本海側では、伝統的に火葬が行われ、石塔は建立されなかった(遺骨・埋葬/非埋葬・非建立型)。このように、柳田のいう「単墓制」「両墓制」というのは特に「遺体・埋葬・建立型」に限った議論において、葬地と祭地が空間的に隔たっていることの分類に過ぎず、日本全国の多様な墓制の歴史的変遷に対応させるには無理があるとの批判である。

なお、沖縄・南西諸島では埋葬がなく本土の墓制との議論は難しい。(現在でも沖縄の一部では、墓はただの納骨所として、祭祀の対象としていないところも存在する。)宮古島、石垣島には、崖下墓があり、宮古島市島尻には3つの郭がある、石組み、グスクで囲った大きな墓(長墓)があり多数の白骨があるが祭祀が行われたかは不明である。最近科学のメスが入れられつつある。


戦前までは、自分の所有地の一角や、隣組などで墓を建てるケースも多かったが、戦後は、基本的に「○○霊園」などの名前が付いた、地方自治体による大規模な公園墓地以外は、お寺や教会が保有・管理しているものが多い。都市部では墓地用地の不足により、霊廟や納骨堂内のロッカーに骨壷を安置した形の、いわゆるマンション式が登場している。  また、具会一処方式の墓地として、西本願寺系の大谷本廟の祖壇納骨、東本願寺系の大谷祖廟がある。これらは極めて安価で納骨でき、一時金のみで済むという経済的利点がある反面、永代経を上げ一旦納骨すると、二度とこの世に出てくることはできない(骨箱より取り出してカロートに投入する。つまり、他人の遺骨と混ざる)。出骨や改葬ができないので注意が必要である。

 代表的なマンション式では首都圏最大級規模の「浅草 正法寺墓苑[1]」がある。なお、地方自治体や寺院などの霊園や地域の共同墓地に墓を立てる場合は、使用権(永代使用権)に基づく使用料(永代使用料)や管理費などの費用が掛かることがほとんどである。金額については、その設置者により異なる。


人によっては生前に自らの墓を購入することもある。これを寿陵(寿陵墓)、逆修墓という。また、自らの与り知らぬ所で付与される形式的な没後の名を厭い、自らの意思で受戒し、戒名を授かることもある。この場合、墓石に彫られた戒名は、朱字で記され、没後の戒名と区別される。

現在の日本では、火葬後に遺骨を墓に収納する方式が主であるが、土葬も法律上は禁止されていない(一部地域の条例を除く)。詳しくは土葬を参照。


現代における墓地(ぼち)は、墳墓(ふんぼ)を設けるために、墓地として都道府県知事の許可を受けた区域をいう。なお、「墳墓」とは、死体を埋葬し、又は焼骨を埋葬する施設である(墓地、埋葬等に関する法律第2条)。なお、墓地についてその他地方税法などで優遇されているものもある。


墓地は、公衆衛生上その他公共の福祉の見地からいろいろな行政上の規制を受ける。

墓地の経営には、都道府県知事の許可が必要である。
墓地の経営者は管理者を置き、管理者の本籍、住所、氏名を墓地所在地の市町村長に届け出なければならない。
墓地の管理者は、埋葬等を求められたときは、正当な理由がなければ拒否できない。
都道府県知事は、必要があると認められるときは、墓地の管理者から必要な報告を求めることができる。
などである。


相続税法(国税)
祭祀財産(墓所・仏壇・神棚など)については相続税について課税財産と扱わない(非課税)。純金の仏像など純然たる信仰の対象とは考えにくいものは課税財産となる。
地方税法
墓地に対する固定資産税は非課税。
刑法
墓地に対する不敬行為等は刑法第188条、第189条により処罰される。(礼拝所及び墳墓に関する罪を参照)
民法
墳墓の所有権は、習慣に従って祖先の祭祀を主宰すべき者がこれを承継するものとして特例を設けている。

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先祖供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

先祖(せんぞ)とは、現在生きている人の、既に亡くなった数世代以前の血縁者全般のこと。特に直系の子孫に対して、その血統の源流を指しこのように表現する。

生物学的な側面では、進化分類学において、ある生物種の進化前の段階をしばしばこのように呼ぶ。


生物は、環境に適応しながら様々に変化し、同じ種であっても環境が違えばそこから分岐して更に変化していく。しかしその系統を時間を遡って辿ると、幾つもの生物種が共通する生物種から分岐・変化して行く前段階に到達する。そういった時間的に逆行する追跡や調査において辿られていった存在が先祖である。

元々は、人間の社会においてその親の親の親…と辿っていく際の概念でもある訳だが、人間にせよ生物種としてのヒトにせよ、世代を経るごとに環境(時代・社会・社会的地位など)によって、その存在の性質は様々に変化し得る訳だが、その存在が在るためには、その世代に到達する以前の親が必須である。この親の存在が先祖であるが、一般に先祖というと祖父・祖母以前の、更に言えば故人(既に死亡した者)なった存在を指す。


生物種という単位ではなく、個人や家族(兄弟・姉妹)という単位で計られる人間の祖先の場合は、その子が複数あった場合に、そこから分岐して他の家系に入り込むと共に、結婚により配偶者を得て有性生殖で子を得るため、一族や地域といったグループの祖先は、様々な家系の系統が複雑に絡み合う(→続柄)。この中には当時の著名人や権力者なども居たりもする。そういった先祖を持つ者が、自身の先祖に特別な愛着を示す場合もある。

なお、こういった先祖の存在がただちに現在生きて生活している存在に影響を与えることは考えにくい。ただ宗教的観念から、先祖の存在に感謝ないし敬意を示す場合もある。祖霊信仰はそういった先祖に対する敬意や畏敬、あるいは何らかの影響を信じて祀る様式である。

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ペット供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ペット供養(ぺっとくよう)とは、ペットの供養及びそれに関連するビジネス(サービス業)。特に断り書きがない限り、日本の事例について述べる。


ペットの供養自体は古くから行われており、例えば縄文時代の遺跡から犬の埋葬跡が発見された事例がある(ペット、柴犬、縄文時代も参照)。これらは居住区の近くに土葬をするのが通常であった。また古代エジプトでは猫のミイラも発見されており、愛着のある・あるいは道具として役に立った動物を、丁寧に葬る習慣は世界各地で見出される。

しかし現代におけるペットの家族化(→コンパニオンアニマル)に伴い、ペットが亡くなった際に人間と同じように法事(葬儀、位牌、仏壇)、埋葬を望む人が増えている。この需要に伴いペットへの法事のサービス業態化や、ペット霊園の整備が行われるようになった。

ペット霊園における埋葬では、人間の埋葬と同じように火葬、骨壺による埋葬、49日等の法要を行うサービスが用意されていることが多い。欧米でもペット霊園への埋葬といった風習もみられ、こちらは土葬ではあるが、専用の棺や、あるいはエンバーミングすら見られる。

なお、ペットではないが動物園でも亡くなった動物の供養するための慰霊祭は行われており、他にも屠場での食用家畜の供養や、保健所で保護期間を過ぎて処分された動物の霊を慰める供養が、定期的に行われている。


これらは主に、ペットを失った人の満足のためのサービス業で、日本では同事業に於いては宗教活動とは現在の所、認められていない。宗教は主に人間のものである以上、動物に対してはそれらが公的に認められにくいためである。このため宗教法人の持つ宗教活動への非課税特権は、このペット供養に絡む収益には適用されない。日本ではペット供養の謝礼を受ける事は収益事業であるとする判断も出ている。ただしペット供養自体の法的定義は未定である。(後述)

しかしペットに対する思い入れの強い人には、ペットを失ったストレスから、一般にペットロス症候群とも呼ばれる状態に陥る事もある。宗教活動だと認められようと認められなかろうとも、ペット供養では、親しい人の死を受け入れるための儀式としての葬儀を行う事で、飼い主の心痛を和らげる効果が期待できよう。

近年では凶悪事件や医療トラブルなどで、生命倫理の希薄化が社会問題として取り沙汰されているが、この生命倫理の初期教育の観点から、児童にペットを与える保護者もいる。しかしペットはやがて飼い主よりも先に寿命を迎えてしまう事から、いずれにせよ児童は自分のペットの死に直面しなければならない。この際に近年の集合住宅や借家の多い都市部では、埋葬の手段が限られてきて、結果的にペット供養サービスの利用が選択されるようになっている。これらでは、死という現象を強く印象付ける事により、生命の大切さを認識する一助になれば…と期待する保護者も見られる。


以下ではペットの供養に関する法的な事例等を述べる。

ペットの遺体の法的定義
廃棄物の処理及び清掃に関する法律の第2条の1、2により、ペットの遺体は一般廃棄物と定義されている。従って、川や公園などにペットの遺体を埋葬することは法律違反となる。
ペット供養は収益事業かそれとも宗教的行為か
まだ確定はしていない。ペット供養事業に対し法人税を課したことを発端に起きた裁判で、地方裁判所が2006年3月「ペット供養は収益事業にあたる」と判断したことをきっかけに、議論が起きている。近年では消費税の課税に関する裁判も見られる。


以下では一般的な遺体の処理方法について述べる。

ペット霊園への埋葬
当初は一般の(人間用の)霊園の片隅でペットを埋葬していたが、その後需要の増加に伴いペット専用の霊園も登場した。現在では飼い主と同じ墓に入れる(納骨室は区切ってある)霊園も登場している。近年では遺骨や遺灰の一部を納めるカロートペンダントを利用する人もいる。
庭への土葬
遺体を私有地である庭へ埋葬する行為には問題はない。ただし、土に還る過程での近隣への臭いの配慮等は必要となる。
自治体への処分依頼
役所によって体制は違うものの、遺体を引き取ってくれる仕組みがある。清掃所が火葬を行うケースもあり、その場合は共同墓地に遺骨を納め慰霊を行ってくれる場所もある。


社会的注目度や需要が2000年代以降拡大しつづけているペット供養だが、毎日新聞が各地の国民生活センターに寄せられた相談として報じたところによると、ペット火葬事業の業者の中に悪質業者がいる模様で、2007年秋頃から相談事例が増加しているという[1]。

ペット供養では、自動車に火葬用の設備を搭載したものがフランチャイズビジネスなどの形で登場しているが、この形態の中に火葬をはじめてから「追加料金が必要だ」として金銭を広告掲載外で追加請求、拒否すると火葬中の遺骸を「生焼けのままで返却する」や「遺骨は渡さない」と脅すなどという手口だという。東京都消費生活総合センターによれば遺骸の重量別の料金表を示している業者ウェブサイトの料金表で数万円の火葬費用以外不要だとしている業者の中に、同種手口で飼い主を脅して十数万円をせしめているものがいるという。これらでは口頭で金額を請求するケースも多いとしている。

同センターはペット火葬には法的な規制が無いとした上で、焼却を開始する事前に書面で見積もりを提出させ、納得できない契約は例え業者にせかされてもすべきではないと警告している。


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動物供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

動物(どうぶつ)は、動物界に分類される生物の総称である。一般に運動能力と感覚を持つ、多細胞生物。「動物」という語は、特に日常語の水準では、人間を含まない「獣」の意で使われることが多い。


生物を動物と植物に二分する分類法は古くから存在しており、アリストテレスは感覚と運動能力の有無によりこれら2つの分類を試みている。ただし、中間的生物も存在することを認めていたようである。18世紀の生物学者リンネ(Carous Linnaeus, 1702年 - 1778年)は、感覚をもたない植物界と、感覚と移動能力をもち従属栄養的である動物界とに、生物を2分した。

明治時代以前の日本では、土、草、虫、魚、獣として無生物を含めた諸物を平等に収集・編集する本草学が主流であり、動物という概念は存在しなかった。生物を動物と植物に2分する分類は、西欧の学問が流入してから普及した。

2界説の下では、動物には下記の各群以外に、原生動物を単細胞の動物と位置づけていた。

生物学の進歩により、現在では、動物か植物かのみで生物を分類するのは一般的ではなく、さまざまな分類法が提案されている(参考:生物の分類)。それらに従えば、モネラ、原生生物、菌類など、動物にも植物にも分類されない生物も数多く存在し、動物界はそのようないくつもの系統の内の一つと見なされる。20世紀末の分子遺伝学などの流れの中で、枠組みは何度も見直され、植物界や菌界は大きくその構成が変わった。動物界に関しても、原生動物はそのような多系統の入り交じったものであることが判明している。後生動物に関しては、ほとんど変更を受けなかった。大きな変更としてはそれまで原生動物の一つと見なされていたミクソゾアがここに含められるようになった程度である。

動物の起源については、旧来から多細胞動物の起源ではないかといわれたこともある襟鞭毛虫類がそれらしいと言うことになっている。繊毛虫やアメーバはかなり系統が遠いらしいこと、菌界が動物界に近いことなどが示されている。動物・菌類・襟鞭毛虫を含む系統はオピストコンタと呼ばれる。原生動物の各系統、あるいはその他の情報に関しては生物の分類を参照。


一般には、運動能力と感覚を持つのが大きな特徴とされるが、現在の動物界に含まれる生物すべてに当てはめることが出来ない。以下のような特徴を持つ生物が、現在の意味での動物である。

多細胞性が著しく発達している(寄生性のものには例外もある)。
卵子と精子の2種類の異なる半数性の配偶子が受精することにより発生する倍数性の生物である。
発生初期に細胞でできた中空のボールである胚胞を形成する。
体外から養分を摂取する従属栄養的な生物である。


下表は動物界を生物の分類の分類項目である「門」に分類したものである。各動物門に属する生物はそれぞれの「門」独自の基本設計(ボディプラン)を共有している。各動物門の多くはカンブリア紀に発生した生物の爆発的進化であるカンブリア爆発によって出そろった。

分類法には、背骨(脊椎)をもつ動物(脊椎動物)ともたない動物(無脊椎動物)とに分ける2分法が存在する。この分類は、ヒトを含む脊椎動物をより詳しく取り上げるときなどに、あくまでも便宜的に用いられる分類であることに注意しなければならない。実際には、脊椎動物は大きな多様性を誇る動物界の1亜門に過ぎないからである(下表33門中の脊索動物門の、さらに1亜門)。

動物分類表 門 形状 発生
海綿動物門 器官が明確には
分化せず 無胚葉 無体腔
平板動物門(センモウヒラムシ)
中生動物門(ニハイチュウ)
刺胞動物門(クラゲ、サンゴ) 後生動物
(器官系分化) 放射相称 2胚葉
有櫛動物門(クシクラゲ) 3胚葉
扁形動物門(プラナリア) 左右相称
紐形動物門(ヒモムシ)
顎口動物門
腹毛動物門 偽体腔
輪形動物門(ワムシ)
動吻動物門
胴甲動物門
鉤頭動物門
内肛動物門
線形動物門(回虫)
類線形動物門(ハリガネムシ)
外肛動物門 真体腔 旧口
箒虫動物門
腕足動物門
軟体動物門(貝類、イカ、タコ)
鰓曳動物門
星口動物門
ユムシ動物門(ユムシ)
環形動物門(ミミズ、ゴカイ)
緩歩動物門(クマムシ)
舌形動物門(シタムシ)
有爪動物門
節足動物門(昆虫類、甲殻類)
有鬚動物門 新口
棘皮動物門(ヒトデ、クモヒトデ、ナマコ)
毛顎動物門(ヤムシ)
半索動物門
脊索動物門(ホヤ、脊椎動物)


平板動物門(板状動物門)と海綿動物門の2門(側生動物亜界)は器官が分化しておらず、不定形であるが、その他の動物(後生動物、真正後生動物亜界)は器官系が分化している。これらの器官をもつ後生動物は、規則的な形状をしている。放射相称(刺胞動物門、有櫛動物門)または左右対称(その他の動物)のいずれかの形状を有しているのである。


すべての動物は、受精卵が卵割していくと、細胞でできた中空のボールである胚胞を形成する。後生動物では胚胞の一部が陥入し、開口部が1つある嚢胚を形成する。嚢胚形成後、細胞は2層(2胚葉)または3層(3胚葉)の組織に分化する。3層の場合、各組織層は外胚葉、中胚葉、内胚葉とよばれる。外胚葉は主に表皮、神経系に、中胚葉は主に筋肉に、内胚葉は主に消化管になる。 嚢胚形成時の陥入箇所、原口が後に消化管のどちらになるかは重要で、口になる旧口動物と、同じ陥入箇所が後に肛門になる新口動物の2つに分けられる。刺胞動物、有櫛動物と扁形動物では、原口から続く消化管の反対側に、新しい口が開かず、消化管は口以外の出入り口を持たない。

発生からは分類や進化に関する知見が多く得られる。幼生の形も、分類群やそれらの間の類縁を示す場合があり、重要である。フジツボが甲殻類に含まれることがわかったときの決め手は、幼生がノープリウスであったことである。

このことを拡張したのがエルンスト・ヘッケルの反復説である。


消化器系・呼吸器系・循環系・神経系・排出系などの各器官がどのような構造で、どのような配置であるかは、門によってほぼ決まっている。

消化器系は口から肛門までの管である。前方先端に口が、後方に肛門があるのが多いが、肛門が口のそばにあるものもある。旧口動物では、消化管が背面を通り、消化管の背中側を循環系が、腹側を神経系が通っているものが多い。新口動物では、消化管が腹面を通り、神経系が背中側に、循環系がその腹側に配置する場合が多い。

消化管と体壁との間にある空所を体腔と呼ぶが、体腔の有無・構造によって、動物を3つの段階に分けることができる。体腔のない無体腔類、空所はあるが中胚葉組織で裏打ちがされていない偽体腔類、中胚葉由来の体腔がある真体腔類である。

これらの形質を元に、動物の系統関係が論じられてきた。最近は、分岐分類学や分子遺伝学的情報に基づく見直しも進められており、各門の関係等については見方の大きな変更が起きている部分もある。門の範囲等については大きく変わっているところは少ない。


絶滅した動物一覧を参照。
絶滅が危惧される動物は絶滅危惧種を参照。


存在の可能性があるとされながら、生物学的に確認されていない動物のこと。ジャイアントパンダやローランドゴリラが生物学的に確認されたのは19世紀以降で、それ以前にはUMAだったともいえる。

 

 

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人形供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

人形(にんぎょう)は、狭義には人間の姿を、広義には人間以外の動物や架空の生物も含めて、それらの姿に似せて作られた物をさす。

人形の作成は、古くは先史時代から始まり、いずれの時代でも作られ、人間の文化活動の本質的なものであるといえる。

現代の人形の主な用途は、祭礼などの宗教行事や伝統行事、文楽などの人形劇で使われる他、玩具、土産物、芸術作品など、さまざまな分野がある。


横断旗入れ(裾)を兼ねた交通安全人形(奈良県)古来から人形は子供の遊び道具として与えられ、使用された。日本各地に現在も存在する「郷土人形」は幼い子どもの玩具として非常に大切にされた。日本では主に木製や土製の素材に胡粉などで着彩をした人形が多いが、工芸品として精巧に作られた物もあり、戦後からは美術品として扱われる郷土人形もある。江戸時代に普及した女児向けの人形に「姉様人形」がある。和紙と千代紙で造られた素朴だが優雅な人形は、裕福な武家や商家の子女に大切にされた。代表的な遊び方としては、人形を擬人化して日常生活を再現する「ままごとあそび」や、時代がかなり後の近代からは布製の「文化人形」で遊ぶことが普及した。人形の衣服を交換し組み合わせなどを楽しむ「着せ替えあそび」などは、戦後に日本全国で広まった。

現代での「着せ替えあそび」は、合成樹脂製のきせかえ人形で遊ぶ。後述のマネキンと類似し衣服を着せたり、脱衣の状態にできる場合が多い。複数の付属品の衣装があり、それはほぼ現実の人間の衣服に似せている。着脱には背面に付けられたマジックテープやスナップを使う。大体、1960年代頃から生活の西洋化とともに普及し、製品には「スカーレットちゃん」やリカちゃん人形、バービー人形などがある。高度経済成長と相まって、庶民のファッションの隆盛とともに人形の衣服も華やかさを増していった。


アンティーク・ドールや日本人形のような伝統的な美術工芸品としての価値の高いものや、マトリョーシカやこけしのように造形に特色のある工芸品の人形などは、ガラスケースなどに入れてインテリアとして飾ることもある。

日本では、雛祭りや端午の節句のような伝統的な行事に特別につくられた美術価値の高い、人形を飾ることがならわしである。


古代では、人形は他人に呪いをかけるための呪詛の道具や、人間の身代わりに厄災を引き受けてくれる対象物として使われた。

前者の例としては藁人形やブードゥー教の泥人形、後者の例では和紙の流し雛などが挙げられる。 後者のうち、現代でも神道の大祓等で用いられる和紙のものは、通常同じ字で「ひとがた」と呼び分けたり、「形代」(かたしろ)と称したりする。


洋服や呉服などの衣料品を販売する場で、商品を着用させて顧客に着用イメージを伝達する効果を目的にした人形が存在する。これらの衣料品販売店などで使用されるマネキン人形は衣服の展示や紹介を目的とし、美術のデッサンで使用されるデッサン人形などは人間のモデル代わりに用いることで手元でフォルムの確認ができることや、動作のないという利点がある。

また特定の店舗(多くはチェーン店)のシンボルとして人形が置かれることもある。不二家の「ペコちゃん」、佐藤製薬の「サトちゃん」、ケンタッキーフライドチキンの「カーネル・サンダース」、くいだおれの「くいだおれ太郎」、ジャパンの「さわやか親父」など。


農産物生産の現場(田んぼや畑等)で、作物を荒らすスズメやツバメ、カラスを追い払うため使われる。数体規模で立てられている場合が多い。近年はマネキンの流用であったり衣服に工夫が凝らされるなど、艶やかに多様化していて、コンテストを行っている自治体もある。


工事現場では、交通誘導を促す電気仕掛けの人形があり、ライトを明滅させるだけでなく、腕を半円状に動かすものもある。
交通安全キャンペーン
歩行者飛び出し注意を促す目的として、児童やアニメ作品の人気キャラクターを模した人形が使われている事がよくある。道路横断時の横断旗入れを兼ねていることもある。
車の速度注意を促す目的として、警察官を模した人形が使われる事がよくある。


遺跡等から発掘される人形としては、土偶や埴輪等があげられる。当時の人々の生活を推測する上での重要な資料となりうるもので、学術上貴重なものである。


また、戦後に日本で製作・販売された、ビニール製人形やブリキ製の人形などの玩具人形を集めるマニアックな大人のコレクターも存在するなど、今では、遊びの域を超える玩具人形がある。希少な人形(フィギュア)である場合、何十万円などの高値で取引される場合がある。またコレクターは30代、40代など一定以上の経済力を持つ男性が多い。


主に自動車の衝突実験等の時に、運転者や同乗者に見立てて車両に人形を乗せて、実験を行う事があり、クラッシュダミーと呼ばれる。他にも自動車に跳ね飛ばされた場合などに、身体のどの部分に大きなダメージが加わるかを実験する為に利用する事もある。


 

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水子供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

水子(みずこ)は

死亡した胎児の事。このページで詳述。
埼玉県富士見市にある地名。埼玉県富士見市大字水子。同地内に、国指定史跡の水子貝塚がある。[1]

 

水子(みずこ)は、妊娠中絶や流産、死産で死亡した胎児の事。死んだ胎児に、水子霊という霊魂が宿るという宗教的な観念から、主に使われる言葉である。

元々、死亡した胎児だけでなく乳児期、幼児期に死亡した子供を含む概念であったが、戦後、日本で人工妊娠中絶が爆発的に増加したことを受け、中絶で死んだ胎児の霊を弔う水子供養の広まりと共に、現在の意味が定着していった(産児制限参照)。一方、「水子の祟り/障り」を云々するのは、人工妊娠中絶で心と体に傷を負った女性を追いつめる可能性もあり、中には霊感商法の一環として不安をあおる悪質な例(悪徳商法)もある([2])。


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粗供養

葬儀に会葬した人に手渡す礼品のことです。


ぬいぐるみ供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ぬいぐるみ(縫い包み)とは、動物や特定のキャラクターなどの形にかたどった布を、縫合し、綿などを内部につめたもの。

癒し効果があり、愛嬌のあるぬいぐるみは、老若男女問わぬ人気である。 そのためUFOキャッチャーをはじめ、様々な景品としても利用される。

大きいものから小さいものまで種々の形やサイズがあり、全身で抱きつくことが可能なサイズのぬいぐるみを、特に抱きぐるみと呼ぶ。 素材によっては洗えるものとそうではないものがあるが、洗えない物でもオゾンで洗うタイプの洗濯機で除菌や消臭が可能とされる。

有名なぬいぐるみ愛好家としては、SF作家の新井素子、作家で政治家でもある田中康夫など。


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永代供養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

永代供養(えいたいくよう)とは、ある程度長期にわたり、死者を供養する行為を指す。


本来は、子々孫々の代まで先祖を祀り供養する宗教行為をさすが、現代では多くが墓園業者や寺院の営業用語として使われることが多い。広告に永代供養を謳うものが多いが、「永代」という言葉の使用による誤解からトラブルが多い。実際には10回忌、30回忌や50回忌までといった内規がある場合が多く、言葉どおり「永代」でない点に注意が必要である。この場合、永代は「永久」を指すのでなく、「永い代」と解釈すべきであろう。また、霊園の倒産、寺院の廃寺などによりこの「永代」も保証されるわけではもちろんない。

→西本願寺系の大谷本廟の祖壇納骨を行った場合、東本願寺系の大谷祖廟へ納骨を行った場合、具会一処方式で取り扱われる。つまり、納骨したら、その日の内に骨箱から遺骨は取り出され、カロートに投げこまれる。つまり、他人の遺骨と混ざることになる。勿論、改葬・出骨はできない。


江戸時代に檀家の減少による収入源を補う目的で僧侶が発案した商業手法であり、本来は毎月の命日に小額ずつ受け取っていたお布施をまとめて集金する当時の画期的な新システムであった。現在の永代供養もその名残であるが、商品である以上、言語表現の誤認防止や費用の表示の透明化など早急な法の整備が望まれる。

 

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墓(はか)は、死者の遺体(遺骨)を葬り、故人を弔う場所。一般に墓石・墓碑などを置く。またこの墓石・墓碑のことを墓ということもある。

王などの有力者は巨大な墓を築くことも多く、それらは単に死者を祀る場ではなく、故人の為した業績を後世に伝えるモニュメントとしての性格も帯びる。王や皇帝の墓は法令または慣習により、陵と呼ぶ。また、古代日本では墓を「奥都城、奥津城(おくつき)」と呼んでおり、これにならって、神道墓をそう呼ぶ。

なお、墳墓は「築く」といい、その他の墓や塔は「建てる」という。建てた人という意味で建立者の名を刻む場合は、殆どが「建之」の字を当てる。

また、「墓場」という語は、墓地(埋葬される場所)と刑場(殺害される場所)の2種類の意味があり、文脈で意味するものが異なる。例えば、特撮などで見られる「ここが貴様の“墓場”だ」という台詞では、“墓場”は、いわゆる“刑場”を意味する。


フレデリック・ショパンの墓
(フランス、パリのペール・ラシェーズ墓地)
亀甲墓(沖縄県)
無縁仏(神戸市立鵯越墓園伊屋ケ谷沿い)また、日本でも沖縄では、亀甲墓(かめこうばか、きっこうばか)や破風墓(はふばか、家型の墓)など一風変わった墓も見られる。亀甲墓の形状について、「人は死んだらまた母親の胎内に戻っていくという趣旨で、その胎内をかたどったもの」という説明は俗説である。

世界最大の墓は、面積では日本の仁徳天皇陵(大仙陵古墳、大阪府堺市)である。

墓を設けるのは人類共通の習慣ではなく、これを用いない民族・文化も多い。インドやインドネシア・バリ島のヒンドゥー教においては、遺体を火葬した後に遺灰と遺骨を川もしくは海に流し、またはガンジス川に遺体そのものを流して水葬にし、墓を設けない。また墓を設けることと、それに継続的に参拝することはイコールではない。日本でも、ヒンドゥー教のように遺灰を海や墓地公園のようなところで散骨するというやり方も最近では認められつつある。キリスト教徒もかつては教会内部に死者を納め最後の審判の後に復活することを待った。



日本における墓制は、柳田国男の民俗学の研究が土台になってきた。柳田系民俗学は、人間の肉体から離れる霊魂の存在を重要視したため、遺体を埋める埋め墓(葬地)とは別に、人の住む所から近い所に参り墓を建て(祭地)、死者の霊魂はそこで祭祀するという「両墓制」が、日本ではかつては一般的だった、としている。(葬地と石塔と隣接させるのが「単墓制」としている。) そのため、遺体を埋葬する墓所はあったが、墓参りなどの習慣はなく、従来の日本では全く墓は重視されなかったとしている。

しかし、このような墓制には批判が出てきている。岩田重則は、『「お墓」の誕生』(岩波新書)の中で、墓制を(1)遺体の処理形態(遺体か遺骨か)、(2)処理方法(埋葬か非埋葬か)、(3)二次的装置(石塔の建立、非建立)の3つの基準で分類している。(現在一般的な「お墓」は、「遺骨・非埋葬・石塔建立型」)。墓に石塔が出来てきたのは仏教の影響と関係の強い近世の江戸時代あたりからであり、それ以前は遺体は燃やされずに埋葬され、石塔もなかった(「遺体・埋葬・非建立」型)。また、浄土真宗地域および日本海側では、伝統的に火葬が行われ、石塔は建立されなかった(遺骨・埋葬/非埋葬・非建立型)。このように、柳田のいう「単墓制」「両墓制」というのは特に「遺体・埋葬・建立型」に限った議論において、葬地と祭地が空間的に隔たっていることの分類に過ぎず、日本全国の多様な墓制の歴史的変遷に対応させるには無理があるとの批判である。

なお、沖縄・南西諸島では埋葬がなく本土の墓制との議論は難しい。(現在でも沖縄の一部では、墓はただの納骨所として、祭祀の対象としていないところも存在する。)宮古島、石垣島には、崖下墓があり、宮古島市島尻には3つの郭がある、石組み、グスクで囲った大きな墓(長墓)があり多数の白骨があるが祭祀が行われたかは不明である。最近科学のメスが入れられつつある。


戦前までは、自分の所有地の一角や、隣組などで墓を建てるケースも多かったが、戦後は、基本的に「○○霊園」などの名前が付いた、地方自治体による大規模な公園墓地以外は、お寺や教会が保有・管理しているものが多い。都市部では墓地用地の不足により、霊廟や納骨堂内のロッカーに骨壷を安置した形の、いわゆるマンション式が登場している。  また、具会一処方式の墓地として、西本願寺系の大谷本廟の祖壇納骨、東本願寺系の大谷祖廟がある。これらは極めて安価で納骨でき、一時金のみで済むという経済的利点がある反面、永代経を上げ一旦納骨すると、二度とこの世に出てくることはできない(骨箱より取り出してカロートに投入する。つまり、他人の遺骨と混ざる)。出骨や改葬ができないので注意が必要である。

 代表的なマンション式では首都圏最大級規模の「浅草 正法寺墓苑[1]」がある。なお、地方自治体や寺院などの霊園や地域の共同墓地に墓を立てる場合は、使用権(永代使用権)に基づく使用料(永代使用料)や管理費などの費用が掛かることがほとんどである。金額については、その設置者により異なる。


人によっては生前に自らの墓を購入することもある。これを寿陵(寿陵墓)、逆修墓という。また、自らの与り知らぬ所で付与される形式的な没後の名を厭い、自らの意思で受戒し、戒名を授かることもある。この場合、墓石に彫られた戒名は、朱字で記され、没後の戒名と区別される。

現在の日本では、火葬後に遺骨を墓に収納する方式が主であるが、土葬も法律上は禁止されていない(一部地域の条例を除く)。詳しくは土葬を参照。


現代における墓地(ぼち)は、墳墓(ふんぼ)を設けるために、墓地として都道府県知事の許可を受けた区域をいう。なお、「墳墓」とは、死体を埋葬し、又は焼骨を埋葬する施設である(墓地、埋葬等に関する法律第2条)。なお、墓地についてその他地方税法などで優遇されているものもある。


墓地は、公衆衛生上その他公共の福祉の見地からいろいろな行政上の規制を受ける。

墓地の経営には、都道府県知事の許可が必要である。
墓地の経営者は管理者を置き、管理者の本籍、住所、氏名を墓地所在地の市町村長に届け出なければならない。
墓地の管理者は、埋葬等を求められたときは、正当な理由がなければ拒否できない。
都道府県知事は、必要があると認められるときは、墓地の管理者から必要な報告を求めることができる。
などである。


相続税法(国税)
祭祀財産(墓所・仏壇・神棚など)については相続税について課税財産と扱わない(非課税)。純金の仏像など純然たる信仰の対象とは考えにくいものは課税財産となる。
地方税法
墓地に対する固定資産税は非課税。
刑法
墓地に対する不敬行為等は刑法第188条、第189条により処罰される。(礼拝所及び墳墓に関する罪を参照)
民法
墳墓の所有権は、習慣に従って祖先の祭祀を主宰すべき者がこれを承継するものとして特例を設けている。


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著作権 GFDL
運営元 ウィキメディア財団
資金 人々からの寄付[2]
営利性 非営利
設立 英語版
 2001年1月15日
日本語版
 2001年5月20日
設立者 ジミー・ウェールズ
ラリー・サンガー
現代表 フロランス・ドゥヴアール
執筆者 不特定多数の匿名の執筆者
編集委員 なし
査読制度 なし
現状 記事数増加中[3]
■ Template:オンライン情報源
ウィキペディアのトップページ。ウィキペディア (Wikipedia) はインターネット上で作成、公開されているオープンコンテント方式の多言語百科事典。ウィキメディア財団の展開する最初の多言語プロジェクトである。

目次 [非表示]
1 概要
2 活動の規模
3 主な特徴
4 プロジェクトの運営形態
5 主要人物
6 歴史
6.1 発足の経緯
6.2 拡大とその契機
6.3 ソフトウェア及びハードウェア
6.4 分裂、論争
6.5 非営利化と非営利法人化
6.6 運営と展開
7 国家・企業などの団体からの編集による問題
8 先行事例
9 姉妹プロジェクト
10 類似のプロジェクト
11 データベースのダウンロード
12 パロディサイト
13 出典
14 関連項目
15 参考資料


概要
Wikipedia(ウィキペディア)という名前はウィキペディアが使用しているソフトウェアである「Wiki (ウィキ)」と、百科事典を意味する英語「encyclopedia(エンサイクロペディア)」から合成されたものである。執筆・編集は、主に参加者の共同作業によっておこなわれており、自由参加型である点に特徴がある。

しかし誰もが自由に参加できるため、情報の信頼性・真実性・最新性・正確性・妥当性・適法性・道徳性・完全性その他の性質は必ずしも保証されるものではない。特に政治や宗教、価値観のように意見対立が起きやすいテーマにおいては編集合戦がしばしば起こる。また、時には個人や団体に対する名誉毀損を目的としたゴシップや、根も葉もない嘘の投稿が見過ごされ、しばらく訂正されないこともある。2005年度末にはジョン・シーゲンソーラー ウィキペディア経歴論争が起こった。

日本語版の利用者数は2005年2月には221万人。2006年3月には700万人に成長している。日本語版のユーザーの3%は英語版へ頻繁に訪問している。英語版は1416万人である。[4] 日本語版の詳細については、ウィキペディア日本語版を参照。

Wikipediaで用いられているWikiシステムは、MediaWikiである。


活動の規模
2001年1月15日に英語版が発足、その後多くの言語へ展開し、2007年6月1日現在、253言語で執筆が行われている。ただしこのうち継続的な活動が行われ100項目以上に達しているものは、180言語ほどである。ウィキペディアは多言語展開に力を入れており、つねに新しい言語プロジェクトに開かれてきた。現在は、まだ存在しない言語版を新規に立ち上げるには数名の参加者がいれば可能である。

項目は、2007年1月現在、英語版で160万件近く、英語を除く他の諸言語の版で約450万件以上の記事が執筆されている。またAlexa.com の全インターネットを対象とするアクセスランキングでは、20位以内に入っている。

活動規模がもっとも大きいのは、英語版である。登録ユーザー数ベースで執筆者を見ると、英語版だけで2万人を超える。Alexa.com の統計によれば、wikipedia.org の閲覧数のうち 60% 前後が英語版へのアクセスである。日本語版、スペイン語版、ドイツ語版へのアクセスがこれに次ぐ。とはいえ英語版と他の言語版の規模の差は、プロジェクトの進展とともに漸進的に埋まりつつある。英語版の項目数と、2位以下の言語版の項目数合計を比較すると、かつては10位までを合計してようやく英語版に並んだものが、2007年1月には2位から5位までの4プロジェクト合計と等しくなっている。現在英語を含む14の言語が10万項目以上を保有している。

執筆者については、プロジェクト発足以来2005年3月現在、3万人を越える登録ユーザーがおり、うち数千人が現在も活発に活動していると推測される。登録のみで投稿を行わないユーザーがいる一方で、ユーザー登録をすることなく執筆に参加することができる仕組みになっているため、正確な執筆者数の把握は難しい。データベース・ファイルを分析したエーリック・ザクテ (Erik Zachte) の統計によれば、5回以上編集・投稿に携わったユーザーの総数はプロジェクト発足以来2004年12月30日までで3万2000人強とされるが、この統計でも未登録ユーザーの活動量が未集計の他、古いバージョンのソフトウェアを用いて活動しているウィキペディアについては分析の対象外としている。

参加者が何らかの編集、投稿を行い、データベースへ保存した回数を参考にすると、同じくザクテのデータから、プロジェクト発足以来、185万回程度の編集、投稿が行われてきたことになる(これは未登録ユーザーによるものも含まれるが、ソフトウェアのバージョンの差から来るデータの欠落がある)。


主な特徴
他の類似のプロジェクトと比較した場合、ウィキペディアには次のような特徴がある。

百科事典の作成に目標を限定していること。この点で、例えば議論や情報交換を行う場である掲示板や USENET などと異なっている。
ウィキを利用したプロジェクトであること。他の多くのウィキがそうであるように、多くの利用者が簡単に執筆、編集できる仕組みになっている。つまり、使いやすいサイトなのである。ウィキペディアでは参加者の資格制限などを行っていないため、年齢、職業、国籍などの点で多様な執筆者が参加する傾向にある。この点で、百科事典の開発プロジェクトとしては独特である。
オープンコンテント方式を採用。参加者によって投稿された内容をコピーレフト用のライセンスの一種であるGFDLの元に公開しており、複製・配布・改変などが容易にできると謳われている。しかし、GFDLが課す複雑な制約や、GFDL自体の排他性のため、厳密にライセンスに従った利用は難しい。

プロジェクトの運営形態
ウィキペディアは比較的大規模なプロジェクトであり、運営方針や編集・執筆方針などについて多くの問題を抱えてもいる。編集・執筆のレベルでは、非登録ユーザーを含む多くのユーザーに開かれているが、同時にルールが一切存在しないわけではなく、また、そうしたルールを定めるための意思決定が行われないわけでもない。

プロジェクトはその初期ジミー・ウェールズおよびインターネット会社 Bomis によって資金を提供されていた。Bomis は彼が以前最高経営責任者を務めていた会社である。後に財団が設立されてからは、寄付金や外部の団体から無償提供されたハードウェアの占める割合が増えた。運営団体によるハードウェアの購入は2004年以降、全額寄付金に依存している。ウェールズが2004年からCEOを務める企業 Wikia からも帯域の経費などの資金援助がなされている。
記事が中立的な観点から書かれるべきだとする方針も、ウェールズによって全ウィキペディアの共通方針だと定められた。また、ウェールズは、後述するプロジェクト全体の問題についての議論に参加し、質問や意見を述べ、あるいは採決に加わる。彼の発言は必ずしも議論を終結させるものではないが、その意見は他の参加者の意見よりも尊重される傾向にある。
ウェールズはまた英語版の運営については比較的具体的な問題に関しても意見を述べる傾向がある。英語版の初期には、登録済ユーザーのアカウントを停止する場合には、彼の了承を得るようにとの要請があった(2004年以降、この決定は選任されたユーザ代表に任されている)。他言語のウィキペディアで同様の問題が発生した場合にどうなるべきかについては特に明確にされていない。一方ウェールズが英語以外の言語は話さないこと、利用者の自治を尊重することもあり、英語以外の言語版の運営にウェールズが中心的な関与を行うことはほとんどない。ただしウェールズが利用者の紛争の調停に当たったり、あるいは利用者のアクセス権限についての決定を行う場合もある。これは関係者がみな英語を解する場合、かつ自治の枠組が問題の解決においてうまく機能していない場合に行なわれることが多い。
ソフトウェア開発のモデルである「善意の独裁者」をウィキペディアに当てはめることがしばしば行われる。ウェールズはこれを否定しないが、一方でウィキペディアがつねに編集可能であることにより、自身の関与が常に及ぶわけではないことをもって、自分は厳密な意味でこうしたモデルにはあてはまらないと発言している。
開発者権限やサーバへのアクセス権限などは一部の人物に限られている。ソフトウェアの改変や非常時の対処などは彼らに任されている。ただし、このプロセスも基本的には自由参加型であるため、一定期間の活動を経て信用を築いた者にはそうした権限が与えられることになる。また、ソフトウェアの仕様変更については開発者とそれ以外の利用者を含めた公開・自由参加型の議論が行われている。
プロジェクト全体の問題は、公開のメーリングリストで扱われる。基本的には全て英語で、ごく稀にフランス語などが混ざる。議題には、各言語のウィキペディアの記事数の集計方法、新しい言語のウィキペディアの発足、デザインや機能の変更、運営上の方針やユーザー間の争いの調整、法律問題などが含まれる。この議論は複数のリストで行われるが、誰でも参加、発言できるようになっている。またアーカイヴはウェブ上で公開されている。
ウィキペディア全体の話題を扱うメーリングリストのほか、各言語プロジェクト固有の話題を扱うメーリングリストが存在する場合もある。
またメタ・ウィキメディアという、ウィキメディア財団(後述)のプロジェクト全体を扱うウェブサイトがある。メーリングリスト以外に、ここでも全言語版共通の問題、あるいは他プロジェクトと共通の話題が取り上げられる。運営団体であるウィキメディア財団の将来計画などは、このメタ・ウィキメディアで公開され、質問や議論が行なわれる。話題はまた財団の運営に関する別のメーリングリストでも話しあわれる場合がある。
各言語版毎に管理者がおり、一定の権限が与えられている。管理者は通常、その言語のウィキペディアの初期段階での立候補やそのウィキペディアの参加者内の議論などによって決まる。権限にはページの削除、ページの保護(管理者以外には編集できなくなる)、「荒らし」とみなされたユーザーの書き込み禁止などがある。ただし、ウィキペディアの各言語版の多くでは、削除などのプロセスは参加者や関係者の話し合いによって決まり、管理者は独自の裁量に基づいて行動するという形をとらないことが多い。
執筆方針については、項目名の付け方、フォーマットや表記上の諸問題に関して多くの方針が存在している。これらの大半は利用者間の話し合いで決定、改変されるもので、各言語によって異なる。また、これらの内にはガイドラインという位置付けになっており、必ずしも万人が常に従うべきルールであるとはされていないものがある。これは部分的には、これらの方針を知らない参加者からの投稿も積極的に受け付けるためであり、ガイドラインに通じた常連投稿者などが新規参加者の投稿を編集することが比較的容易であるためでもある。
記事の内容について関係者間で論争が起きた場合には基本的にノートページでの話し合いが行われる。最終的にはウィキペディアの最も重要なガイドラインの一つ「中立的な観点」に従い“両論併記”によって決着することが求められる。

主要人物
ジミー・ウェールズ ウィキペディアの創始者。愛称はジンボ。1966年生まれで現在アメリカのフロリダ州在住。妻と娘が一人おり、父親としての顔も持つ。ウィキペディアは多くの場面で参加者一般を強調し、特定のリーダー、所有者、最終決定権の保持者、などを強調しない傾向にあり、コミュニティ参加者の共同作業、共同自治などを謳うことも多い。

特殊な役割を担った人物として例外的にしばしば言及される者に、ラリー・サンガーとジミー・ウェールズがいる。両者はウィキペディアの創設者であり、ラリー・サンガーはプロジェクトの発足から1年と数ヶ月の間、賃金の支払いを受けた参加者だった。このせいもあって、彼は折に触れてほかのメンバーから仲裁役を頼まれることもあったとされる。また彼は、ウィキペディアに先立って発足した査読制度付のオンライン百科事典作成プロジェクト「Nupedia(ヌーペディア)」の編集主幹も勤めた。

ジミー・ウェールズはプロジェクトの出資者であり、発足当初から、サーバやインターネット・トラフィックの料金を支払ってきた。ウィキペディアは彼を「寛大な独裁者」として戴くコミュニティ自治の集団である、と形容されることがある。項目の中立性の方針など、ごく一部の件については、議論の余地なく重要かつ不変のプロジェクトの方針であるとウェールズは宣言している。また、登録ユーザーのアクセス禁止処分の決定についても彼が最終的な判断を下すとしている。これは英語版で特に顕著であり、ユーザーのみの決定によるアクセス禁止は最長で1年とされている。

ジミー・ウェールズはインターネット関連会社 Bomis の前最高経営責任者 (CEO) である。プロジェクトに協力している同社の関係者の中には、他にもティム・シェル(同社の共同創立者、現最高経営責任者、ウィキメディア財団理事)や、プログラマのジェイソン・リッチー(後に退社、現Wikia)、トアン・ヴォーがいる。

2006年10月にウェールズはプロジェクトの運営母体ウィキメディア財団理事長の職を辞し、終身名誉理事長となり、後任としてフロランス・ドゥヴアールが理事長に就任した。


歴史

発足の経緯
ウィキペディアの着想は、ヌーペディアの主幹編集者ラリー・サンガー (Larry Sanger) とコンピュータ・プログラマ、ベン・コヴィッツ (Ben Kovitz) が2001年1月2日にカリフォルニア州サンディエゴで行った会話に端を発するとされる。

ウィキウィキウェブのインターフェースを積極的に使っていたコヴィッツは当時Ward's Wikiの常連であり、夕食の席でその基本的なコンセプトをサンガーに説明したとされる。サンガーはそれを聞き、ウィキが「よりオープンでよりカジュアルな百科事典を作る」というプロジェクトに相応しいものと考えたという。それに先立つ数ヶ月の間、サンガーと彼の上司、有限会社 Bomis の CEO ジミー・ウェールズ (Jimmy Wales) はヌーペディアをよりオープンな形で補完するプロジェクトについて討議を重ねていた。

サンガーはウィキをヌーペディアに利用しようと考え、ウェールズを説得し、1月10日にはヌーペディアにウィキが登場することになった。

しかし、ウィキのウェブページをヌーペディアに利用するという案に対しては、ヌーペディアの執筆者と査読者から強硬な反対意見があったため、「ウィキペディア」と名付けた新たなプロジェクトを立ち上げ、独自のアドレスである wikipedia.com にて1月15日から開始することになった。

ネットワーク帯域と、サンディエゴに設置したサーバはウェールズが資金を提供した。また、2002年1月まで、サンガーは Nupedia の主幹編集員兼ウィキペディアの非公式管理人として Bomis に雇われていた。資金の枯渇から、2002年3月にサンガーへの給与打ち切りが決まり、サンガーはウィキペディアを含むプロジェクトでの活動を停止した。


拡大とその契機
プロジェクトは、参加人員、記事数、編集・投稿総数などいずれの尺度においても増加する傾向にあり、増加のペースも高まる傾向にある。この主な要因として、メディアや多くの人が利用するウェブサイトでの紹介、サーチエンジンへの掲載などが挙げられる。特に顕著なものとして、次のものが挙げられる。

技術情報ウェブサイトスラッシュドットでの紹介(2001年3月5日、5月30日、2003年1月24日)
参加型技術情報・カルチャーウェブサイト Kuro5hin(2001年6月26日)での紹介
投稿の内、特に大規模なものに、アメリカ合衆国の各市町村を扱ったものがある。これはディレック・ラムゼイ ("Ram-Man") が2002年10月、「ボット」(あるいは「プログラム」)を稼働させて国勢調査のデータから、自動的に記事を生成したもの。同様のボットは他の主題についてもしばしば使用された。その総数はおよそ3万本とされる。

多言語化に乗り出したのは2001年の5月頃であると思われる。当時の発表によれば12前後の非英語版サイトが発足した。 [5]ただし、それらの新設ウィキペディアで必ずしもすぐに執筆が盛んになったわけではない。

2002年12月、姉妹プロジェクトである ウィクショナリー (Wiktionary) が創設された。これは、多言語の辞書とシソーラスを制作することを目標にしているプロジェクトである。ウィキペディアと同じサーバで、同じソフトウェアを使って活動している。翌2003年に、本や教科書の作成プロジェクトであるウィキブックス (Wikibooks) 、箴言集であるウィキクォート (Wikiquote) なども発足した。

これらのプロジェクトは、しばしばウィキメディアプロジェクトと総称される。こうした姉妹プロジェクトもまた増加傾向にあり、2004年には新規の3つのプロジェクトが創始された。


ソフトウェア及びハードウェア
ハードウェアは、発足当初は、Bomis のサーバを間借りする形であった。ソフトウェアは、クリフォード・アダムズによる UseModWiki を用いていた。

2002年1月、英語版と、プロジェクト全体に関わる問題を議論するためのサイトであるメタ・ウィキペディアが実験的に PHP と MySQL によるソフトウェアに移行した。これは参加者の一人 Magnus Manske によって制作されたもの。同年7月にウィキペディア専用のサーバ(コードネーム"pliny")が導入された。これは英語版と、やや遅れてメタウィキメディアのために用いられた。ソフトウェアもリー・ダニエル・クロッカーによる全面的な書き換えを経て新しいバージョンが運用され始めた(同じく PHP と MySQL の組み合わせによるもの)。活動が盛んな他言語版も、徐々に専用サーバへ移動していくことになった。2003年1月には、TeXの数学記号が導入された。コードの作成者は参加者の一人の Taw。

2003年5月半ば頃よりもう一台専用のサーバが導入された。コードネームは"larousse"。これは英語版のウェブサーバとして用いられた(データベース部分は、従来通り専用サーバによって担当される)。Bomis のサーバに間借りしているウィキペディアも、活動が活発になるにつれて徐々に pliny へ移行した。

その後、プロジェクトの拡大により、サーバは順次増強されていった。ほとんどが個人からの寄付を財源として購入されたが、一部は企業や団体からの貸与によっている。

現在のサーバ構成についてはm:ウィキメディアのサーバ(メタ・ウィキメディア)に詳述されている。


分裂、論争
2002年2月、それまで Edgar Enyedy を中心に非常に活発に動いていたスペイン語版ウィキペディアが突然活動の中止と新たなプロジェクトエンサイクロペディア・リブレの立ち上げを宣言した(Enciclopedia Libreはセビリア大学にあるenciclopedia.us.es)。宣言は、離脱の理由として商業広告の危惧とコントロールの欠如を挙げた。10月にはダニエル・メイヤー ("maveric149") 他の参加者が、ウィキペディア復帰へ向けて交渉、説得を行ったが、復帰提案が完成する前に、エンサイクロペディア・リブレは投票で復帰を否決した。

エンサイクロペディア・リブレは将来の統合の可能性は残し、交流を維持することを表明し、現在でも統合の可能性が議論されることがあるが、独立したままにとどまっている。この事件は英語版以外のウィキペディアの役割について、大きな議論の火付け役となった。また、これは非英語版のウィキペディア・コミュニティの要求によるいくつかの変更にもつながった。

また、プロジェクトはたびたび、記事を削除したり、不適切な内容を投稿したりする荒らしに見舞われた。通常、そういった荒らしによる荒らし行為は参加者達により速やかに修復されるため、一般には大きな問題とされることは少ない。だが、英語版ではメインページのいたずら書きが何回も発生したため、メインページは管理者のみが更新できるよう保護措置がとられた。

2003年11月、ロシア語版ウィキペディアでライセンス形態についての論争がもととなり、一部の利用者がウィキペディアを出て別の百科事典プロジェクトを立ち上げるというもうひとつの分裂が起こった。この分裂は、ウィキペディアのメーリングリストなどに不満の表明がなされなかったこと、ロシア語版の主な利用者と他のプロジェクトの参加者との人的交流が薄いことや、ロシア語を解するユーザが少ないことなどから、2004年10月まで他の言語版の利用者には知られていなかった。分裂だけでなくこのように事態の把握が遅れたことを重く見て、ウィキペディアプロジェクトの多言語的展開と各言語話者の間の連携を強化すべきだとする指摘が一部では改めてなされている。

2005年12月には英語版ウィキペディアで、とあるジャーナリストがケネディ暗殺事件の首謀者とされる嘘の投稿がされ、この記事が1週間掲載され問題となった(ジョン・シーゲンソーラー・ウィキペディア経歴論争)。この嘘の投稿を行った者は冗談のつもりで行ったと話しているが、このことが新聞などに掲載され問題となり、結局この投稿により当該投稿者は仕事を辞めることとなった。これにより、英語版ウィキペディアは登録ユーザー以外が新規記事投稿を行うことを制限し、記事の執筆などを遅延反映させこういった嘘の投稿に対抗するためのシステムを構築することになった。

2006年には、著名人の項目をその人自らが修正するケースがあり、日本語版でも西和彦の項目が当人と思われる人物が積極的に記事を編集して議論となった為に保護されることとなった。また、ライバル相手の記事を編集したりする場合もあり、アメリカでは選挙の際に議員がライバル議員の項目に対し誹謗中傷を行っていたことが発覚、アメリカ議会からの編集に対し制限する措置がとられた。

2007年1月には英語版ウィキペディアで、マイクロソフトがとある人物に対し「報酬を支払うからマイクロソフトの項目を修正してほしい」と打診していたことが発覚。マイクロソフト側も「ウィキペディアで相違していると思われる記述があり、修正してもらいたかった」と認め、謝罪した。

このようなウィキペディアの惨状に対してラリー・サンガーは、「ウィキペディアはもはや信頼に値しないほど、崩壊してしまった」[6][7][8]と嘆き、専門家だけが編集できる新たなオンライン百科事典『シチズンディウム(Citizendium)』を創設した。


非営利化と非営利法人化
2002年8月、ジミー・ウェールズがウィキペディアでは今後一切商業広告を行わないという方針を発表し、そのすぐ後にウィキペディアのURLは wikipedia.com から wikipedia.org に変更された。

2003年6月20日、プロジェクトに法人格を与えるべく、ウィキメディア財団 (Wikimedia Foundation, Inc.) が設立された旨がアナウンスされた。[1] ウィキメディア財団はフロリダ州法に基き、フロリダ州タンパを本拠地とする非営利法人である。


運営と展開
2003年頃から、ウィキペディアのサーバの負担は深刻な問題として認識されるようになってきたため、プロジェクト参加者の間で運営資金がたびたび論じられるようになった。当時現実的な対処として考えられたのは、利用者からの課金・各種助成金の申請・寄付による収益の拡充などであった。2003年頃から2005年にかけてこれらの問題が集中的に論じられたが、結果として、課金は見送り、寄付を主な財源とすることが合意された。これは2004年以降数度にわたって繰り返された数週間の寄付キャンペーンがいずれも成功を収めたことが大きい。また2005年4月にはアメリカ合衆国で内国歳入庁により運営団体であるウィキメディア財団に501(c)(3) 資格が与えられ、米国での免税資格を有する者に対しては設立にさかのぼってすべての寄付に免税が認められた。また2004年末にはウィキペディアは米国他で商標登録された。他企業などによる商標使用権は今後の有力な財源として認識されている。

2005年から2006年の年頭にかけてウィキペディアの閲覧者は飛躍的に増加し、インターネット全体のアクセスランキングで20位以内、2007年にはいってからは10位以内につねに位置する人気サイトとなった。このため社会に対する露出度もまし、広報・法務などの体制の強化がウィキメディア財団および各言語コミュニティにおいて計られている。

ウィキペディアのいくつかの言語版にはCDやDVDも出されている。もっとも早く出版されたのはドイツ語版ウィキペディアで2004年10月にディレクトメディア社から当時のドイツ語版をほぼ完全収録したCDが出版された。ドイツ語版はその後ほぼ毎年改訂版DVDが出され、ウィキメディア・ドイツ協会の主要な財源となっている。他、英語版・フランス語版・ポーランド語版でウィキペディアの抜粋がDVDで出されている。

ウィキペディアの内容は定期的にダンプファイルにまとめられ、誰でも無料でダウンロードできる。一方ライブフィードは有償で提供しており、アンサーズ・コム、NTTレゾナンス(goo)などが財団の顧客となっている。

そして米国時間2007年10月9日、Wikimedia Foundationは、長らく活動の本拠地としていたフロリダ州からカリフォルニア州サンフランシスコに移転することを発表した。移転作業は2008年1月の末に行われる。

移転先をカリフォルニア州サンフランシスコに決定した理由として、Wikimedia Foundationのリリース[9]では「サンフランシスコは特にアジアに近く、Wikimedia Foundationがアジアのボランティアや潜在的なパートナーと強固な関係を結ぶことが期待できる」と説明している。


国家・企業などの団体からの編集による問題
ウィキニュースに関連記事があります。
日本の中央官庁で職員がウィキペディアに書き込み
ウィキペディアのアクセス数が増えて有名になるにつれ、企業や公共団体などの様々な組織に属するネットワークからの編集によってそれらの団体に都合よく記事を書き替えたものと疑われるようなものが見出されるようになり、一部はニュースとして報じられることもあった。WikiScannerの登場により、こういった編集はさらに発見されやすくなっている。

こういった編集(「改竄行為」と見て糾弾されることもある)の中で、主だったものを以下に挙げる。

朝日新聞 - 「「ウィキペディア」の不利益情報、楽天証券社内から削除 2006/8/30
朝日新聞 - ウィキペディア 省庁から修正次々 長妻議員の悪口も 2007/09/08
産経新聞 - ウィキペディア“編集合戦” 加筆・修正に意見対立 2007/09/05

先行事例
百科事典をより使いやすくするために、印刷物の代わりに機械的な仕掛けを使おうという考え方のはじまりは、H・G・ウェルズの短編小説『世界の頭脳』(1937年)やヴァネヴァー・ブッシュのマイクロフィルムを使った未来のシステムMemex(論文"As We May Think"(1945年))に見ることができる。

インターネットを使ってフリーな百科事典を作ろうという試みは1990年代の初めには登場している。そのひとつとして、古い印刷物の百科事典をデジタル化しようというプロジェクトが挙げられる。1995年の1月、プロジェクト・グーテンベルクは1911年に出版されたブリタニカ百科事典の 11 版を ASCII テキストにするという活動を開始した。しかし、第一巻をデジタル化したあと、方針の不一致から活動は中断した。2002年に、28 巻全ての ASCII テキストは他から 1911encyclopedia で公開された。同様の試みとして、イーストン聖書辞典(1897年)が Christian Classics Ethereal Library においてデジタル化されている。

他の、よりウィキペディアに近い活動として、自発的な参加によって新しくフリーな情報源を作り上げようというものがある。1991年、usenet の alt.fan.douglas-adams ニュースグループの参加者達がダグラス・アダムスの著作の中に登場する架空の百科事典銀河ヒッチハイク・ガイドを実際に作ろうと活動を開始し、これはいわゆる Project Galactic Guide へと発展した。このプロジェクトは当初は現実の物事だけを記載するようにしていたが、後に空想上の事柄なども収録するようになった。Project Galactic Guide は 1,700 以上の記事を保有しているが、2000年以降記事の追加は停止状態にある。

1993年には、インターペディアと呼ばれる計画が議論された。これはインターネット上に、誰もが参加できる百科事典を作ろうとするものであった。これは、ウェブの爆発的な成長と、精度の高いサーチエンジンの登場のため、実行に移されないままに終わった。


姉妹プロジェクト
2005年7月現在、ウィキペディアは次の姉妹プロジェクトを持っている。日本語コンテンツを持つプロジェクトには*を冠した(運営文書を除く)。

ウィクショナリー* フリーの辞書プロジェクト
ウィキブックス* フリーの教科書プロジェクト
ウィキクォート* フリーの引用の百科事典
ウィキソース* パブリックドメインかGFDLで提供された様々な言語のソーステキストの倉庫
ウィキメディア・コモンズ フリーである画像・音声などの共用資源。パブリックドメインGFDLだけでなく、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなど、商用利用を許すフリーライセンスによるデータの受け入れも行なっている。
ウィキスピーシーズ フリーの生物種データベース
ウィキニュース* フリーのニュースサイト

類似のプロジェクト
ウィキペディアと比較されるものには、以下のような共同作業プロジェクトがある。

Nupedia は、専門家の査読制度に基づく百科事典プロジェクト。ウィキペディアはここから生まれた。2003年3月現在、プロジェクトは中断しており、成果がウィキペディアに取り込まれている最中である。
Everything2 はより広い分野をカバーしているハイパーテクスト型のエッセイ集で、百科事典の構築を目指すものではない。また、Everithing2 のコンテンツはコピーレフトライセンスを使用していない。
H2G2, Douglas Adams's の The Hitchhiker's Guide to the Galaxy からアイデアを得た、皮肉的な内容の記事で構成された百科事典。
スカラーペディアは、2006年にスタートした査読制度つきのオンライン百科事典プロジェクト。執筆はすべて実名による。現在計算神経科学、力学系、コンピュータ知能の三つの分野を対象としており、各分野の第一線の研究者が執筆者として参加している。2007年4月現在、記事数は87本。
Citizendiumは、2007年3月27日に設立したオンライン百科事典プロジェクト。記事の信憑性という問題を解決する狙いとして、招待を受けなければ参加はできず、執筆者は実名登録が必要など、記事の質を高めるための制約を課している。

データベースのダウンロード
ウィキペディアで公開されている記事を何かの目的でウィキペディア以外の場所で利用したい場合にはどのような目的であれ、GFDL の条件に則っているならいつでも全ての記事を収録した最新版をデータベースからダウンロードすることができる。より詳細な説明はWikipedia:データベースダウンロードのページにある。


パロディサイト
アンサイクロペディア - 2005年1月に英語版が、「wiki形式によるSPOV(風刺的な観点)を提供」するという非公式な目的のために開始された。ウィキペディアのパロディサイトである。
モナペディア - 2007年に「2chのwikipedia」として発足したサイト。
Wookieepedia(ウーキーペディア)- 『スター・ウォーズ』版のオンライン百科事典。
ユアペディア

出典
^ a b List of Wikipediaより(2007年6月1日時点)。
^ 詳しくは寄付のページを参照のこと。
^ 新しいページでは、日本語版に投稿される新着記事の一覧を見ることが出来る。一時間に何本、というペースで新規記事が投稿されている。
^ http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20099667,00.htm
^ ウィキペディアのメーリングリスト、wikipedia-lのアーカイブより
2001年5月11日分にはカタロニア語、中国語、エスペラント、仏語、独語、ヘブライ語、イタリア語、日本語、ポルトガル語、スペイン語、ロシア語の名前があがっている。[Wikipedia-l] new language wikis Jason Richey Fri May 11 22:27:37 UTC 2001 http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikipedia-l/2001-May/000116.html
Larry Sanger が新設wikiに書き込みを行ったと報告している。[Wikipedia-l] Re: new language wikis Larry Sanger Fri May 18 10:08:07 UTC 2001 http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikipedia-l/2001-May/000135.html
スペイン語wikiに言及がある。[Wikipedia-l] International Wikipedias are growing! Larry Sanger Tue May 29 12:33:15 UTC 2001 http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikipedia-l/2001-May/000148.html
^ http://www.chosunonline.com/article/20070415000020 朝鮮日報
^ http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20347796,00.htm ラリー・サンガー氏が語る--今のWikipedia、未来のCitizendium CNET Japan
^ http://www.computerworld.jp/news/sw/63072.html 「Wikipediaの権威失墜。それがCitizendiumを作った理由だ」 ラリー・サンガー氏、古巣のWikipediaと新・百科事典サイトについて語る COMPUTERWORLD.jp
^ Wikipedia to Relocate to San Francisco(英文)

関連項目
ウィキペディア日本語版
Wikipedia:ウィキペディアについて
Wikipedia:ウィキペディアの日
ウィキペディアの一覧

参考資料
ウィキメディア・コモンズには、ウィキペディアに関連するマルチメディアがあります。エーリック・ザクテによるウィキペディア統計
ソフトウェア及びハードウェアの部分は英語版、Talk:WikipediaのページのBrion Vibberの説明による。
ウィキメディア財団のプロジェクト
ウィキブックス | ウィキメディア・コモンズ | ウィクショナリー | ウィキジュニア | ウィキニュース | ウィキペディア | ウィキクォート | ウィキソース | ウィキバーシティ | ウィキスピーシーズ


"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2" より作成
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先祖供養・ペット動物人形水子粗ぬいぐるみ永代供養墓

 


転職
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転職(てんしょく)とは、現在ついている職を辞して異なる職につくことをいう。自発的に転職する場合と、使用者の都合により転職する場合とがある。

目次 [非表示]
1 日本
1.1 転職の現状
1.2 規模
1.3 中途採用者の給与水準
1.4 日本における転職の方法
1.4.1 日本の転職情報(求人情報)サイト
1.5 転職に関する問題点
1.5.1 需給のミスマッチ
1.5.2 機密保持と競業避止
1.5.3 早期離職者の増加
1.5.4 年金など社会保険
1.5.5 キャリアの断絶
1.5.6 転職回数が多いほど不利になる?
2 米国
3 関連項目
4 脚注


[編集] 日本

[編集] 転職の現状
雇用形態は、明治時代は引き抜き等により職人の転職が活発であったが、大正時代頃から終身雇用が一般的となった。その後、バブル崩壊以降は、労働者全体に占める割合は少ないものの、転職は増加傾向にある。


総務省「労働力調査年報」よりしかし、転職をキャリアアップのチャンスととらえるアメリカに比べれば、日本の労働移動率は依然として低く、雇用が流動化してきていると言われているものの、長期雇用の伝統が残るヨーロッパ諸国のそれに近い。

転職希望率及び実際の転職率については、職種毎に大きな差異がある。例えば、システムの企画・開発や運用・保守に携わるITプロフェッショナルに限れば、転職希望者は2人に1人という非常に高い水準にある。その理由の第一は「給与に対する不満」(48%弱)だ。また、3人に1人が「より将来性のある組織で働きたい」と答えている[1]。


[編集] 規模
総務省の労働力調査による概況は以下のとおり。

2001年8月は、全就業者に占める転職経験者の割合は5.1%、15-24歳では12%程度を占めている。女性の転職率は横ばいもしくは減少傾向にあるが、男性は高年齢層を除いて増加傾向にある。
2004年は、転職を希望している就業者の割合は全産業平均で9.7%となっている。年齢別では25〜34歳が14.8%と高く、35〜45歳が9.6%、45〜54歳が8.1%となっており、若年層ほど転職希望がいくらか高い。

[編集] 中途採用者の給与水準
平均的な水準としては、継続して勤続していた正社員の約7割となる。産業別にみると、2003年のデータでは、卸売・小売業や、金融・保険業では約8割となる一方で、運輸・通信業や電気・ガス・水道業では約6割となっている[2]。

転職による賃金の変化については、若年層の転職ほど転職後の給与が高くなりやすく、加齢に従って水準が伸び悩む傾向がある。また、過去と比較すると、1995年においては転職後は給与が高くなる者の割合が多かったが、その後減少していき、2005年においては、転職後は給与が低くなる者の方が多くなっている[2]。


[編集] 日本における転職の方法
転職先を探す手段として、いくつかを以下に示す。

知人の紹介・勧誘
引き抜き(スカウト)
自分で探す
転職情報専門の雑誌
転職情報サイト
企業のホームページ等で公開されている求人情報
ハローワークなど職業
人材紹介サービスの利用
自営業では、求人情報を公にしていない企業も多く、知人の紹介・勧誘による転職が比較的多い。また、スピンアウト時も同様な理由で、紹介・勧誘という手段が使用される。

高度に専門的なスキルを持っている人材に対しては、引き抜きが行われることがある。引き抜き対象の調査や調整負担が大きいため、専門の企業が仲介することも多い。また、その人物を辞めさせたい企業が裏で(場合によって表でも)転職専門企業と連絡を取って引き抜きを演じることにより、トラブルなく気持ちよく辞めてもらおうという戦術も取られる。 転職情報サイトが提供するスカウトサービスとは基本的に別物である。

人材紹介サービスでは、転職希望者にヒアリングを行い、自社が保有する求人情報のうち適当なものを提案する。求人情報には、非公開のものも含まれることがある。「インテリジェンス」「リクルートエージェント」「キャプラン」「転職×天職」「パソナキャレント」「アイ・アム」などが有名。


[編集] 日本の転職情報(求人情報)サイト
インターネットの普及に伴い、転職情報サイトを用いた転職が主流になりつつある。当然ながら転職情報サイトは転職情報会社が宣伝目的・利益目的で設けているものなので、転職に過剰な期待や幻想を抱かないように注意する必要はある。

最初の本格的な転職サイトとしては、リクルート社が1996年に立ち上げた「Digital B-ing」が挙げられる。同サービスはその後「リクルートナビキャリア」、「リクナビNEXT」とサービス名を変更して継続している。 2006年時点で、売上や掲載企業数が多い転職サイトとしては、「リクナビNEXT」「en社会人の転職情報」(2000)「毎日キャリアナビ」(1999)などがある。これらのサイトの運営会社は、元々紙媒体の職業情報を扱っていたり、情報誌の営業を行っていたりした企業が大半である。

転職サイトによっては、ポータルサイトに広告料を払って転職情報を掲載しているところがある。利用者の立場から見ると、ポータルサイトにアクセスすることで、ワンストップで各転職情報会社の情報を確認できることになる[3]。

サイト運営者は、企業から広告費を貰って求人情報を掲載するため、転職希望者は無料で利用できるのが一般的(※)。

求人情報は、求人企業自ら作成するのが基本(ただし後述「独自取材」参照)。ただし、不適切な表現や勤務条件がないかといった点は、サイト運営者によってチェックされ、労働基準法など諸法規に違反する求人は掲載を拒否される。しかし、大規模なサイトになると求人企業のチェックが行き届かず、法規違反の求人が掲載されることもあるので、掲載されている求人情報だけでなく、自分の目で見て判断することが大事である。なお、法令違反の求人情報を発見した場合、運営者に連絡をすれば、掲載停止などの処置を行ってもらえる。

多くの転職サイトに共通する機能としては

職種や業種毎に分類した求人情報を勤務地域や給与など種々の条件で検索できること
Web上で応募が可能であること
自分の個人情報を登録しておくことができ、ログインすることで再利用可能であること
などが挙げられる。

転職サイト間での競争が激しくなってきたため、各社とも独自のサービスを提供して特色を出そうとしている。

2007年からはインテリジェンス (企業)が人材紹介と情報誌、転職サイトの情報を合わせたDODAをスタート、新庄剛志を使った大掛かりなプロモーションを展開するなど、人材ビジネスが複合する総合型の転職サイトなども出てきた。

人材派遣や人材紹介でもウェブサイトを利用して案件の確認や登録ができるサービスが増えている。これらのサービスについては、各記事を参照のこと。

スカウトサービス
登録された職歴などの個人情報を匿名で企業に公開することによって、興味をもった企業からダイレクトメールを受け取ることができるサービス。
独自取材
第三者視点を重視し、サイト運営会社が取材によって求人情報を作成する。
求人企業のお手盛り記事だけでなく、記者の目で見た仕事のつらさや職場の雰囲気なども掲載されるため客観性が高い。最近では、ブロードバンド化に伴い、社内の様子などのビデオ配信も行われるようになっている。
適性診断
R-CAPやコンピテンシーモデルなどによる分析で、個人の特性にあう仕事を紹介する。
各種読み物
転職に役立つ情報を編集記事として作成し、掲載する。
求人情報検索エンジン搭載の求人情報
企業のウェブサイト中の求人情報ページを自動巡回ロボットによって収集し、掲載するモデルもある。
ロボット型とディレクトリー型の検索エンジンの情報量の比較と同様で広告型から情報型への求人サイトの転換を実施している会社もある。
参考:*求人 


[編集] 転職に関する問題点
以下に、転職における問題点を記述する。

※ 特に断りのない限り、この節で使用している数値データは厚生労働省の転職者総合実態調査(H.10)、総務省の労働力調査特別調査(H.13)による

[編集] 需給のミスマッチ
求職数に見合う数の求人数があるにも拘らず、条件があわないため雇用が創出されないことを需給のミスマッチ(雇用のミスマッチとも)という。産業構造の転換が進んでいる際によく見られる。

バブル崩壊後の不況期は、有効求人倍率(求人数/求職者数)が恒常的に1を下回っていた(労働市場における供給超過)。ただし、IT化によって必要とされる各種技術者については、求人数が求職者数を上回る需要超過の状態が続いていた。一方、一般事務職などは、有効求人倍率が持ち直しても求職者数が求人数を上回る供給超過状態が続いている。

ミスマッチを防ぐためには、適切な職業教育や、初心者を雇用することになる企業への補助などが必要と言われている。


[編集] 機密保持と競業避止
公務員は、退職前5年間に勤務していた内容に関係する民間企業に、退職後2年間は就職できない。民間企業でも就業規則などで、退職後一定期間(6ヶ月〜1年が一般的)、競業会社へ就職することを禁止していることが多い。これら競業避止義務は、機密保持の観点から必要とされるが、経験を生かした転職を難しくしている側面もある。競業避止は職業選択の自由を制限するものなので、要件・範囲が明確にされている必要があり、不適切な規定は取消される。ただし、新製品情報などの機密情報は、競業避止規定の有無に関わらず守る義務がある。


[編集] 早期離職者の増加
転職市場が活発になりつつあるとはいえ、雇用者と労働者の間には情報の非対称性が存在する。そのため、転職後に「こんなはずではなかった」という感想を抱く者は多い。転職に満足している者の割合は60%程度、逆に不満を感じている者は10%程度となっている。これらの層は、転職を繰り返す可能性が高いと考えられる。転職者のうち、3回以上転職している者は全体の4割程度にのぼっている。


[編集] 年金など社会保険
転職者は企業年金や退職金などで、連続勤務したものに比べ不利な扱いを受けることが多い。

確定拠出年金(日本版401k)の法整備などにより、状況は幾分改善されつつある。


[編集] キャリアの断絶
前職での経験が生かされていると答えた者の割合は5割強、活用されていないとする者は25%程度になっており、知識・経験が必ずしも蓄積・活用されていると言えない。ただし、専門・技術職や管理職では、7〜8割程度が何かしら経験が生かされていると答えている。機密保持との兼ね合いで経験を生かせる職につけないこともあるが、25歳程度までの若年層を対象とする第2新卒採用(採用者は新卒扱い)に示されるように、企業側が中途半端な知識・経験を求めていないという点も指摘される。


[編集] 転職回数が多いほど不利になる?
問題点とは言い切れないが、一般的に「転職は3回まで」と言われている。リクナビNEXTが企業の人事担当とキャリアアドバイザーに対して行ったアンケートでも、「転職歴は3回目から気になる」という回答が全体の36%と最も多くなっている[1]。また企業の人事担当に対して行った別のアンケートでは、「転職活動が多いとマイナスの印象を受ける」という回答が91%にも達している[2]。

転職回数が多いと不利になる理由としては、「転職を繰り返している」という事実が、「この求職者は飽きっぽいだけで、仕事が続かないのでは」という危惧につながりやすい事が挙げられる。しかし、転職がキャリアアップを目的としたものであったなど、キャリアに前向きさが見られる場合は不利にならないケースもある。


[編集] 米国
転職は珍しいことではなく、労働力の流動性は高い。ヘッドハンティングは普通に行われており、人材紹介サービスも発達している。

ただし、労働力の流動性は、加齢によって低下することが指摘されている。一定の年齢以上になると、安定した職に落ち着くという[4]。


[編集] 関連項目
就職活動
脱サラ
入社試験
求人
求人倍率
ジョブホッピング

[編集] 脚注
[ヘルプ]^ 日経BP社2005年12月アンケート調査結果による。
1(日経BP社)
^ a b 『ユースフル労働統計2007』(労働政策研究・研修機構)
^ ただし最大の集客を誇るYahoo! JAPANは、リクナビNEXT単独の情報提供となっている
^ 「Working Papers No.11878(2005)」(NBER)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%A2%E8%81%B7" より作成
カテゴリ: 労働 | 人の一生

先祖供養・ペット動物人形水子粗ぬいぐるみ永代供養墓

 


卒業
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(新卒 から転送)
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この項目では課程について記述しています。その他の用例については卒業 (曖昧さ回避)をご覧ください。
卒業(そつぎょう)とは、学校の規定の全課程を修了する事である。幼稚園については、卒園(そつえん)ということが多い。対義語は入学である。また、卒業した者は、卒業生、既卒者という。

目次 [非表示]
1 概要
2 卒業をモチーフにした作品
2.1 文学
2.2 音楽
2.3 映画
3 テレビドラマ
4 関連項目


[編集] 概要
学校を卒業する事は、上級学校への入学や就職の条件になっていたり、資格を得るために必要な事がある。なお、卒業という語が用いられるのは、学校の主要課程である本科に対してのみである。又、卒業の他に「修了」という用語があるが、修了は全ての課程において使用される語である。 学校を、修了せずに去る事は、「卒業」ではなく、理由に応じて「退学(中退)」や「除籍」と呼ばれる。

卒業を記念して行われる行事として、卒業式がある。

卒業は、それまで生活をともにしてきた友人達との別れを意味することが多いため、悲しみとともに語られる事が多い。一方で、新たなる生活のための節目としての意味合いもある。 (卒業に際しての心理などは、「卒業式」も参照のこと)

学校により、卒業をすると共に、学士、修士、博士、専門職学位、短期大学士、準学士、専門士、高度専門士など、法令で規定されている学位または称号が授与される。 大学の学部〔学部以外の教育研究上の基本となる組織を含む〕を卒業すると学士の学位、短期大学を卒業すると短期大学士の学位が授与される。大学の大学院を卒業すると課程と条件に応じて、修士の学位、博士の学位、専門職学位が授与される。 高等専門学校を卒業すると、準学士の称号が付与される。 専修学校の専門課程(専門学校)のうち一定の要件を満たす課程を卒業すると専門士または高度専門士の称号が付与される。

(卒業で与えられる、学位と称号に関しての詳細は「学位」もしくは、それぞれのページを参照のこと)

卒業を条件とする資格としては、医師国家試験、司法試験、教育職員免許状などが有名である。これらのように、国家資格や資格試験においては、既定の学校・学部の卒業や、卒業した後の実務経験を受験の前提条件としたり、卒業した者は試験科目の一部を免除する事が行われている。(ただし、これらには、卒業以外の条件も設けられる事が多い。)

なお、学校を去る意味から転じて、何かから足を洗う事を比喩的に「卒業する」という(例:煙草を卒業する)。他にも、アイドルユニットなどからメンバーが脱退する際や、町内会や商工会等の組織で加齢や結婚に伴い、例えば、壮年(婦人)部から老人部にあがる際にも「卒業」と表現する事がある。


[編集] 卒業をモチーフにした作品

[編集] 文学
『卒業』(Charles Webb, The Graduate, 1963年)

[編集] 音楽
『仰げば尊し』
『蛍の光』(曲:スコットランド民謡、作詞:稲垣千穎)
『分袖』
『巣立ちの歌』(作詞:村野四郎、作曲:岩河三郎、1965年)
『そのままの君で』(作詞・作曲:松井孝夫、1991年)
『旅立ちの日に』(埼玉県秩父市立影森中学校、1991年)
『おもいでのアルバム』(ダークダックス/芹洋子)
『サウンド・オブ・サイレンス』(サイモン&ガーファンクル、1966年)
『涙をこえて』(ヤング101/シング・アウト、1969年)
『卒業写真』(荒井由実/ハイ・ファイ・セット、1975年)
『なごり雪』(かぐや姫/イルカ、1974年)
『卒業』(キャンディーズ、1975年)  
『いい日旅立ち』(山口百恵/谷村新司、1978年)
『贈る言葉』(海援隊、1979年)
『FOR YOU』(尾崎亜美、1979年)
『お世話になりました』(井上順)
『卒業』(沢田聖子、1982年)
『制服』(松田聖子、1982年)
『想い出がいっぱい』(H2O、1982年)
『Ya Ya (あの時代を忘れない)』(サザンオールスターズ、1982年)
『春なのに』(柏原芳恵、1983年)
『Good-bye schooldays』(ハイ・ファイ・セット、1983年)
『卒業』(尾崎豊、1985年)
『卒業』(斉藤由貴、1985年)
『卒業―GRADUATION』(菊池桃子、1985年)
『春景色』(南野陽子、1986年、悲しみモニュメントのB面曲)
『じゃあね』(おニャン子クラブ、1986年)
『吐息でネット』(南野陽子、1988年)
『春休み』(水谷麻里、1988年)
『卒業』(倉沢淳美)
『涙のセカンド・ボタン』(a・chi-a・chi、1992年)
『空も飛べるはず』(スピッツ、1994年)
『my graduation』(SPEED、1998年)
『未来へ』(Kiroro、1998年)
『BELIEVE』(エンジェルスハーモニー、1998年)
『lost graduation』(Raphael、2000年)
『サヨナラのかわりに』(おはぐみ、2000年、おはスタ/モーニング娘。、2007年、笑顔YESヌードのカップリング)
『Best Friend』(Kiroro、2001年) 
『secret base 〜君がくれたもの〜』(ZONE、2001年)
『卒業〜さよならは明日のために〜』(タッキー&翼、2001年)
『さくら(独唱)』(森山直太朗、2003年)
『卒業』(ZONE、2004年)
『卒業』(安倍麻美、2004年)
『卒業してから僕達は』(安倍麻美、2004年、アルバム「4 colors」)
『桜の隠す別れ道』(平川地一丁目、2004年)
『3月9日』(レミオロメン、2004年)
『ミチシルベ〜a road home〜』(ORANGE RANGE、2004年)
『卒業』(Les.R、2005年)
『さくら』(ケツメイシ、2005年)
『桜』(コブクロ、2005年)
『卒業』(後藤沙緒里、2005年)
『旅立ちの日に…』(川嶋あい、2006年)
『ソツギョウ』(加藤ミリヤ、2006年)
『笑顔のままで』(上戸彩、2006年)
『振り向けば…』(Janne Da Arc、2006年)
『卒業〜さよならは言えない』(安次嶺奈菜子、2006年)
『道』(EXILE、2007年)
『サクラ色』(アンジェラ・アキ、2007年)
『きれいな旋律』(KOTOKO、2007年)
内容は、主に仲間と別れる悲しみや、友情が永遠である事、卒業していく先輩(男子生徒)を思う後輩(女子生徒)の気持ちなどを卒業していく情景に重ねて歌ったものが多いため、直接的に学校の卒業を歌ったものではないものも多い。 しかし、尾崎豊のように、大人への反感を荒々しく歌い上げたものもある。

歌の対象となる卒業は、主に高校もしくは中学校に関するものだが、1970年代には大学のものも多く歌われた。


[編集] 映画
ダスティン・ホフマン主演『卒業』(1967年、アメリカ)
内山理名主演『卒業』(2003年、東宝)

[編集] テレビドラマ
卒業 主演中山美穂(1990年・TBS系)

[編集] 関連項目
入学
卒業論文 - 卒業試験
高等学校卒業程度認定試験(旧大検)
中学校卒業程度認定試験
学校行事 - 特別活動
国旗及び国歌に関する法律
卒業式
卒業アルバム
同窓会 - 同窓会名簿
第2新卒
この「卒業」は、教育に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆、訂正などして下さる協力者を求めています。(ポータル 教育)

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就職活動
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就職活動(しゅうしょくかつどう)とは、学生やフリーター、失業者など職に就いていないか非常勤の人が、新たに定職に就くための活動の総称。略して就活(しゅうかつ)とも呼ばれる。

以下では特に断り書きがない限り、日本での事例について述べる。

目次 [非表示]
1 概要
2 就職活動の時期
3 公務員への就職
4 民間企業への就職
4.1 中学生の就職活動
4.2 高校生の就職活動
4.3 大学生の就職活動
4.3.1 理系型就職活動
4.3.2 文系型就職活動
5 就職活動の話題
5.1 志望の偏り
5.2 雇用構造の転換
5.3 配属部署の決定
5.4 就職浪人
5.5 内定の重複
5.6 その他
6 フリーターと就職活動
7 資料
8 就職活動を描いた作品
8.1 映画
8.2 マンガ
9 関連項目


[編集] 概要
就職活動は、大きく分けて、新卒時と既卒時とに分かれる。区分は以下のとおり。

新卒時
中学校〜大学(大学院)の卒業・修了見込者が行う就職活動
既卒時
学校を卒業後、求職している者が行う就職活動。職歴のある転職希望者が対象の中途採用も含む。また、特に卒業後3年以内の人(すでに就職している人や、新卒で就職したがすぐ退職した人など)を、第二新卒と言う場合もある。
雇用形態として、かつて(戦後〜1980年代まで)ほどではないものの、新卒で入った勤め先に定年まで勤める「終身雇用制」が根強く、転職の際にも職歴が重視されるので、新卒での就職活動および最初の勤め先は、その後の人生に影響することとなる。

多くの場合、就職するためには筆記、面接などからなる採用試験に合格する必要がある。そのため、受験対策や面接対策などのノウハウも生まれ、受験技術は高度化している。そのような流れを受け、小手先の受験技術ではなく、コンピテンシーモデルなどにより人物評価を行おうという動きも盛んになってきている。就職試験を受ける側としては試験の公平性を期待したいところであるが、採用側の事情により、縁故採用や学歴差別、あるいは社内の学閥(大学名差別)が考慮される場合もある。

なお、弁護士、医師、看護師、各種プロスポーツ選手など、その職に就くのに特別な手段や特殊な資格・能力が求められる専門職がある。それらの専門職については、各職業の記事を参照のこと。


[編集] 就職活動の時期
1990年代頃までは、ほとんどの企業が同じ時期に集中して採用活動を行っていた。1990年代半ば以降は、通年採用を行う企業が増え、その結果として、就職活動は長期化する傾向にある。

1973〜1996年は、企業と学校(主に大学・短大)の間に、学業の妨げにならないよう一定の時期まで企業から卒業見込み者に対するアプローチは行わないという就職協定があった。同協定は、「青田買い」などの問題は指摘されていたものの、一定の効果をあげていた。

企業側の要請で同協定が廃止された後は、就職活動開始時期は早期化の傾向にある。大学生では、3年次には活動を始めるのが一般的になっている。


[編集] 公務員への就職
国家公務員・地方公務員ともに採用は原則として競争試験による。試験制度や採用までの流れについては、国家公務員の採用試験などを参照のこと。

公務員への就職を希望する場合、一次の筆記試験が専門的で難しいので、民間への就職活動とは異なり、筆記試験に向けた勉強が就職活動の中心になる。自治体や試験区分によっては二次試験でさらに高度な筆記試験を課すところもある。そのため、早い学生は1,2年次から試験の予備校に入り、試験勉強を始める者もいる。採用先によっても違うが、高校レベルの一般教養に加えて法律や経済学なども含めたものが「教養問題」として出題され、このほかにそれぞれの職種ごとの「専門問題」が出題される。教養試験では、判断推理、数的推理や文章読解などの知能試験も課せられている。地方公共団体によっては、身体障害者の採用枠を設けているところもある。初級(3種)程度の試験を実施する場合が多い。


[編集] 民間企業への就職

[編集] 中学生の就職活動
日本では義務教育期間の人を通常労働に用いてはならない(例外が、いわゆる「子役」)という避止義務があり、学校の進級制度が年齢主義に基づく例が多いので、一般的には中学校卒業時が就職活動の最初の機会となる。

終戦時からオイルショックまで、新規就業者の中で中卒者は大きなウエイトを占めた。安価な製品を大量生産していた高度成長期には、低賃金で長期間働き、技術を習得してくれる中卒者は、企業にとって「金の卵」と呼ばれる貴重な戦力だった。

中卒者を送り出す側の事情として、特に地方では、生計が苦しく高等学校などの上級学校に進学させる余裕がない世帯が多かったので、子供が都会の企業に就職することで経済的にも確実に自立することを期待して、都市部の企業に積極的に就職させようとする考えがあった。こうした状況に、中学校も企業の求人を生徒に斡旋して集団就職させていた。1953年には、借り切った列車に中学校を卒業して企業に就職する少年少女たちを乗せ、都会に向けて走る「集団就職列車」が青森県で初めて走った。就職列車は1974年まで東北地方を中心に走り続け、高度成長期の春を象徴する風物詩となった。

その後、オイルショック以降、経済の低迷などから企業が大量採用を見合わせるようになった。また、高校進学率が95%を超え、新規就業者の高学歴化が進む現在では、新規就業者に占める中卒者の割合は非常に低く、就職活動は厳しい状況にある。

一方で、仕事の成否が個人の技量に大きく依存し、学歴には関係しない職種(一般に職人と呼ばれるもの、特に伝統工芸や料理人、伝統芸能など)においては、なるべく若いうちから現場で経験を積むために、中卒で仕事を始める人もいる。


[編集] 高校生の就職活動
高校生は、現在も大学生と並び新規就業者の主力を占める。就職を希望する高校生は9月の就職選考解禁日から、一斉に会社を訪問して入社試験を受け、筆記、面接など数週間の選考の後に内定を得る。なお、後述の大学生の就職活動と異なり、中学生や高校生の新卒求人については、職業安定法に基づき、すべて公共職業安定所(ハローワーク)を通して学校に掲示することが義務付けられている(中学生や高校生は未成年で法的な責任能力がないうえ、無秩序な就職活動で学業が混乱するのを抑制する観点からの規定)。したがって、実際の応募については学校を経由して企業とコンタクトを取ることになる。

以前は就職率が5割を越え、商業や工業などの職業(専門)学科の卒業生はその学歴を生かせる現業職として、商業高校卒なら事務職、営業職などの事務専門職、工業高校卒なら工場などの技能職といったように、三つある職業学科で学んだ内容を反映した現業職の正社員に就くのが普通だった。

しかし、バブル崩壊後、企業の採用抑制で、それまで総合職として就職していた大学生が現業職に就職するようになったり、現業職自体が採用抑制された結果、全体の内定率が就職希望者の半分という県も出るなど、高卒者の就職は著しく厳しいものになった(2004年11月末時点の高校卒業予定者の全国平均内定率は67.7%)。また、職業(専門)学科ですら、以前ならば中卒者が担当していた単純労働職に就く者も多くなり、就職先で学校で学んだことが生かせない単純作業などが多いことから離職しやすい傾向にある。

こうしたことから各都道府県は、長年の慣行としていた学校が生徒と話し合って受験企業を一社に絞って受けさせる「一人一社制」を改め、複数受験が可能になった。企業も多くの生徒から選ぶことができるし、生徒も自分の意志で就職先を決められる利点があるが、企業の採用数自体が少ないこともあり、必ずしも採用増にはつながっていない。こうした就職難から、就職をあきらめて大学、専門学校に進学する現象も起こっている。

ただし、地域によっては現在も「一人一社制」を継続し、地域内の企業が同一日に一斉に入社試験を実施するところもある。そのため、進路指導において生徒の希望を把握する場合、業種より「どの企業に就職したいか」という形で生徒に希望を出させる傾向も見られる。


[編集] 大学生の就職活動
大学生の就職活動は、規模が大きく、就職活動を代表する存在である。大学生の就職活動スタイルには、短大生、専門学校生、各種学校生、大学院生の就職活動スタイルも含まれる。大学生の就職活動には、理系型と文系型の就職活動がある。

なお、日本では在学中に就職活動を行う者が多いが、ヨーロッパでは少ない。


[編集] 理系型就職活動
理系学科の場合、学科や研究室に提携するメーカーなどの企業が新卒予定者の技術総合職の推薦を依頼し、その推薦枠に学生が応募する方式が多い。推薦方式は、企業にとっては一定の専門分野の知識・技術水準をもった学生を安定して確保できること、学生にとっては就職活動に過大なエネルギーを割く必要がなく、就職後も自分の研究を続けられるというメリットがあったので、双方にとって効率の良いシステムであると考えられていた。バブル期には推薦によらず金融機関などの非技術職を志望する学生も多かった。

バブル崩壊後、企業内教育を行う余裕のなくなった企業が増え、即戦力を求める傾向が強まった。そのため、毎年安定した人数は確保できるが、当たり外れのある推薦募集をやめ、一般募集で技術総合職を採用するケースが増えている。企業が即戦力(または戦力化するまでのコストが少ない)人材を求めたり、採用数自体の削減もあるので、学生から見ると推薦応募であっても、旧帝大・早稲田大学・慶應義塾大学卒であっても、以前に比べて厳しい就活が求められている。

以前は一瞬にして終わることの多かった理系の就活(推薦応募では、1回の面接で内々定が普通)であったが、現在では何か月もの長期に及び、内々定するまで複数回の面接を行うのが普通になっている。このような状況に対して、不眠不休の研究活動と多大なエネルギーを要する就職活動の両立は困難であると感じる学生も多く、就職活動を途中でやめてしまい、安易に博士進学を選ぶ学生も増加傾向にある。

研究活動と就職活動の両方を同時に求めることが、技術・知識も中途半端、会社研究や就業意欲も中途半端な労働者を生む原因だとして、何らかの改善を求める意見が出されている。

ただし、このような推薦があるのは、応用研究を行う工学系や薬学系が大部分であり、基礎研究を行う理学系にはあまりない。この区分はあくまで所属する研究室のテーマに拠るのであって、学部や研究科の名称に依存するという訳ではない。

一般に推薦は、学校推薦と教授推薦に分けられる。学校推薦とは、学部や研究科に対して企業が推薦を依頼するものであり、教授推薦とは、特定の研究室に企業が推薦を依頼するものである。

これら学校推薦や教授推薦は一般公募に比べ、安定した人材を得られるということで就職率は高めである。しかし、学校推薦は企業によって枠が設けてあり、この場合は規定人数以上の学生は一般公募枠であっても採用されない為、少なからず公平性を失う問題もある。また、教授推薦はあくまで教授個人の縁故関係が中心になるため、当該教授の人間関係の不信やトラブル、加齢による企業現場への影響力の衰退、教授自身の研究活動への怠り、形骸化した名誉職におる将来性の喪失、といった問題で企業が断るケースも近年では増加傾向にある。


[編集] 文系型就職活動
就職協定の廃止で、一人の学生が好きなだけ企業を受けることが可能になり、メガバンクや大手メーカー、総合商社、航空会社など人気企業の一次試験には、採用枠の数百倍という志望者が集まるなど、文系型の就職活動は大変な競争になっている。競争の激化をうけて、契約社員や派遣社員など非正社員としての採用であっても「就職」と見なして納得する例も増えている。

厳しい競争を勝ち抜くため、面接の受け方やエントリーシート(後述)の書き方などを解説した「就職マニュアル本」が数多く出版され、大型書店では就職本コーナーを作るほどの人気になっている。

文系型試験の場合、一次試験でSPIなど中学・高校レベルの基礎的な学力検査を課し、二次試験以降で面接を行うのが一般的である。面接は複数回行われ、最終面接では役員が出席することが多い。近年は、従来の選考方法に加え、適性診断やグループ討論、インターンシップなど独自の方式で学生の可否を見極めようとする企業が増えている。

インターネットの普及以前は、大学の就職課に張り出された求人票を見たり、自宅に送られる企業求人パンフレットなどを見て企業に電話、郵便などでコンタクトを取り、会社訪問、入社試験を行うのが普通だった。インターネットが普及した2000年頃から、リクルートが運営するリクナビに代表される就職ポータルサイトに会員登録し、それらのサイトを経由して企業に受験の意志を表明(エントリーと呼ばれる)したり、会社説明会や入社試験の予約を行うのが一般的になった。現在では、就職サイトにしか求人情報を出さないという大手企業も多く、就職サイトに登録することは、就職活動をする文系学生の常識となっている。

また、かつては企業への応募の際に市販の履歴書を提出していたが、最近では各企業が独自に作成するエントリーシートの提出が求められることが増えている。エントリーシートには、住所・氏名、志望動機などの基本情報のほか、小論文や質問、中には絵を描かせるものもあり、創造性を問われることが多い。一部の企業では、エントリーシートの出来自体を書類審査として一次試験に課すこともある。中小企業では現在でも履歴書の提出を求める企業は多い。

このほか、金融機関や鉄鋼業など一部の企業では、リクルーターと呼ばれる若手社員が、入社を希望する同じ大学の後輩と社外で非公式な面接を繰り返して採否を決める「リクルーター制」もある。

最近では、首都圏を中心に就職支援団体なども出てきて、非公式に若手社員に会える場も増えてきた。学生団体や企業など、様々な組織が就活支援に取り組んでいる。

文系就職を希望する学生は、3年次の夏から秋頃に大学などで就職セミナーを受けるなどして、就職活動の流れを知る。同時に就職サイトに登録し、志望業種、企業の情報を知る。この時期から自分の長所、適性、キャリアプランを自ら検討する「自己分析」を行う。熱心な学生の中には、志望する企業に勤める同じ大学(地方の企業では中学や高校の場合もある)の先輩に企業の話を聞く「OB訪問」をする者もいる。11月以降、一部の外資系企業では選考が始まる。

1月には、在京テレビ局、外資系のコンサルティング会社や金融機関の多くが入社試験を始める。2・3月には多くの大手企業で会社説明会を行い、多くの学生が本格的に活動する。4年次となる4月には大手企業が一斉に入社試験を行い、ゴールデンウィーク前後には、最初の内定者がほぼ出揃う。5月以降は地方、中小企業や、大手企業の二次募集が行われる。9月には留学生向けや公務員試験不合格組や内定辞退者の補充を目的とした採用が行われ、10月1日に多くの企業で内定式が行われ、文系学生の就職活動はほぼ終わる。


[編集] 就職活動の話題

[編集] 志望の偏り
大学生への就職希望アンケートでは、大手と言われる一般に知名度の高い企業が上位に並ぶ。また、大手企業の中でも総合商社や一般消費者向けの製品・サービスをもつ企業(メガバンクや保険会社、電気機器・自動車などのメーカー、航空会社、旅行会社、マスコミなど)の人気が高い。このような結果になる原因として、日本の学生が様々な職業の実情に触れる機会が少ないことが指摘されている。職業の中身(各々の職業の表面からは伺いしれない舞台裏)が判らないので、イメージ先行の求職になるのである。そのため、有名人気企業に定員をはるかに上回る応募がある一方で、(学生に対して)目立たない企業やベンチャー企業に応募がこないということもままある。

例: 2002年のノーベル化学賞を受賞した、島津製作所の田中耕一も、当初の第一志望は就職先人気上位企業の定番であるソニーであったが、ソニーが不合格となり、当時の教授からの進言で一般には知名度が低く、本人も知らなかったという島津製作所に志望先を変更したエピソードが伝えられている。

[編集] 雇用構造の転換
バブル不況によって、企業の雇用構造は大きく転換した。バブル崩壊後、多くの企業は、社内の業務を見直し、正社員には一部の基幹業務だけを任せ、周辺業務は雇用調整が容易な非正社員(アルバイト、契約社員、派遣社員など)に委託するリストラを行った。そのため、非正社員の需要が増える一方で正社員の需要は減った。また、中心的な業務を任せる正社員には優秀な人材を配置したいと考える経営者が増え、採用予定人数内であっても基準に達していない者は採用しないケースも増えている。

即戦力として中途採用市場への期待も高まっており、新卒の就職難は構造的なものになりつつあるのが現実である。中途採用では、新卒採用にみられる様な学歴差別やエントリーシートによる機械的な選別(即戦力を求める採用活動に、そのような選別方法は全く無意味)を行う企業は少なく、応募者から提出された履歴書や職務経歴書を基に、応募者の総合的なキャリアを丹念に見極めようとする企業が多数派である。


[編集] 配属部署の決定
企業の人事担当者から見ると、採用活動中の情報だけで、新卒採用者の適性や能力を十分に見極めることは難しい。そのため、試用期間中に研修を実施したり、各種業務を経験させたりして、勤務態度や適性を評価し、その後の配属に反映させることが多い(最悪の場合解雇される場合もある)。この期間は概ね1か月から半年に及ぶ。紹介予定派遣も同様の趣旨に基づく制度である。

リクルートワークス研究所発表資料によると、2006年3月卒業卒業生に対する募集は70万件ほどあり、バブル期と同程度まで回復している。学生の民間企業就職希望者も景気の回復を受けて増加しているが、40万人程度で推移している。

[編集] 就職浪人
活動期間の長期化のため、仕事をする意味を見失い(あるいは見つけられず)、活動途中に就職をあきらめてしまう学生も珍しくなくなっている。上級学校に進学する場合はともかく、こうした学生の中には卒業しても何もしない(できない)無業者(ニート、引きこもりなど)やフリーターになるものも多い。途中で活動をあきらめる理由には、就職に対する学生の動機が薄いことが挙げられる。そのため、入学直後からキャリア形成のセミナーを開き、学生に「どんな仕事がしたいのか」「そのために何をすればよいのか」など就職への動機付けを働きかける大学も多い。

また、就職に意欲がある者でも運悪く(縁が無く)なかなか内定が取れず、やむなく2年目の就職活動を始める者もいる。このような者は中途採用・新卒採用・第二新卒採用の応募資格に当てはまらず、以降の就職活動が非常に不利になる。特にバブル崩壊後、2004年頃までの卒業生は求職が少なかったので、正社員への就職が厳しい状況にある。


[編集] 内定の重複
就職が決まらなくて苦戦する学生がいる一方で、企業が求める資質を多くもった学生に内定が集中する傾向がある。内定がどのような法的効力をもつかはケースバイケースだが、一般に被雇用者側からの雇用契約解除は広く認められているので、複数の会社から内定をもらっておいて、一部を辞退することは問題ない。しかし、辞退の連絡をしない、または就業開始直前になって辞退するなど、社会通念に反した内定辞退者がいることが問題になっている。

逆に、内定提示後の企業の経営状態の悪化、ひどい場合は倒産で内定が取り消される場合もあり、特に入社直前にこのような事態になると、救済措置は全くないので、大きなハンデを抱えての就職活動の再開(後述)を余儀なくされ、泣き寝入りせざるを得なくなる。


[編集] その他
女子学生の採用
男女雇用機会均等法の抜本改正で、女子学生に採用で不利な取扱いをしてはいけないこととなったが、実際の内定者には男子学生の方が多いことから、「筆記試験で男女で異なる足切り点があるのではないか」など女子学生が不利な取扱いをされていると感じる女子学生は少なくない。近年、社会全体で見れば女子社員の割合は確実に増えてきているが、女子社員の登用に慎重な企業が多いのも事実である。女子社員を敬遠する理由として、結婚や出産といった理由で退職や育児休暇等に入ることが男性社員に比べて多く、(特に退職された場合に)教育コストなどとの費用対効果が男性に比べて低くなってしまうといった点が主張されている。もっとも、均等法施行後において、上記のような理由で女子社員を採用しないことは違法と判断される可能性が高い(大阪地裁-平成7年(ワ)第8009号など)。
雇用者における女子の割合を高めるため、ポジティブ・アクションなどを採用する組織も増えている。しかし、これらの施策に対しては、機会の平等を図るべきであり結果の平等を図るのは逆差別につながるといった批判もある。
縁故採用
大手広告代理店やテレビ局には、有名人、有力者の子弟が多く社員にいることから、有力者の口利きで一般採用より有利な条件で内定を得る「縁故採用」があるとされ、採用枠の中で縁故採用がどれほどの割合になるのかなどが話題になる。
「縁故」は公平性に欠け、優秀な人材を集められるとは限らないので、前時代的なものとして廃止される傾向にあったが、「縁故」のある人物は「縁故」への配慮から就職後すぐに辞めることが少なく、機密漏洩などの問題を起こすことが少ないという点で、再び見直す企業もある。
「縁故採用」は学生本人には就職活動が円滑に行えるメリットがある反面、入社後の人間関係により気を配る必要があったり、一般入社をした者と比べて転職・退職が困難になったりする(縁故採用の大半は、学生の親戚縁者がその企業と関わりが深いので、安易に退職すれば紹介した者が不利益になる可能性があるため)。また、縁故入社で入った人間は形式的な採用試験しか受けていないことが多いので就職活動の経験に乏しく、転職活動で苦戦しやすいとも言われている。
「学歴差別」の存在
大手や人気企業にはいわゆる偏差値上位校や有名大学の出身者が多い(いわゆる「学閥」)ことから、一般採用であっても特定の大学からしか応募を受け付けない「学歴差別」があると感じる学生は多い。エントリーシートの大学名欄で応募者をフィルタリングしたりする企業がある(学歴フィルター)ことも事実であるが、ほとんどの企業は選考理由を学生に対して明確にしていないので、学生の疑心暗鬼を生んでいることも否定できない。そのため、全体からみればごく一部ではあるが、エントリーシートから大学名の記述欄を削除する企業も出てきている。
出身大学を採用の際に重視する理由は、様々なものが挙げられている。その企業の重役や高級幹部と同じ大学の出身者を長年にわたって採用し続けることで、大学と企業との信頼関係が構築できること、企業内でも先輩後輩の関係が引き継がれるため強固な組織作りができること、などもその理由のひとつである。
出身大学の偏差値や知名度による選別を自社のブランド(「入りたくてもなかなか入れない会社」「その会社に勤めていることがステータス」というイメージ作り)のためと考える企業もあるが、多くは、多過ぎる応募者を(人気企業、有名企業では何万件にもなる)機械的に振り落とすためのある程度妥当な指標と考えている。これは、どの大学に入ったかによって、大学受験までに、どれほどの努力を行ったか(どれほどの努力を行える人間なのか)をある程度判断できるという考えに基づいている。もちろん、偏差値下位の大学にも優秀な学生はいるし、一流大学出身者でも優秀とはいえない者もいるため、絶対的な指標ということではない。また、学生は即戦力になることが少ないので、将来的に伸びる可能性の高い者が優先して採用される。ある人物が将来有為な人材になるかどうかの判断についてのノウハウを持っていない企業は多く、ある程度妥当な要素として学歴情報が使用されることはある。しかし、この指標では大学に入るまでの努力だけ(内部からエスカレーター式で大学まで上がれる有名私学の学生などは、殆ど受験勉強などせずに偏差値上位の大学に入っている)を指標にして、大学に入ってから学んだこと、身につけたことが全く反映されていない。
採用活動については企業に広範な自由が認められており、採用の決定権や主導権もすべて企業側にあるので、学歴差別(出身大学の知名度や偏差値等による機械的な選別)を規制する法律がなく、企業側の判断だけに委ねられている。一部外資系企業や日系大手企業では、特定の大学からしか採用しないことを明言したり、特定の大学だけから会社説明会への参加を認めたりすることがある。また、はっきりと明言しなくても(募集要項の上では「大学名や学部にこだわらず、人物本位での選考」などと謳っておきながら)偏差値下位の大学からの応募は一切選考のテーブルに載せず(内容も閲覧せず、適正検査や筆記試験の採点も行わない)、通り一遍の「お断りメール」を自動配信するだけ、といったことが公然と行われている。
学歴差別が行われている一方で、近年は面接を中心にコミュニケーション能力重視の採用試験が行われていることから、東京大学など一流とされる大学の学生であっても、この能力が欠如している場合には苦戦することも多くみられるようになってきている(学歴難民、準ひきこもり)。
ただし、いくらコミュニケーション能力重視といっても、大手企業や人気企業、有名企業の採用選考において出身大学の偏差値(ブランド)が度外視されることは少なく、偏差値下位の大学の学生は、いくらコミュニケーション能力に長けていても、そこに至るまでに前述の学歴フィルターで自動的にはじかれてしまうので、自らの動機やコミュニケーション能力を企業側にアピールする機会はほとんど与えられていないのが現状である。
就職活動の都市伝説
真偽は定かではないが、毎年多くの学生の間で語られる噂・小話がある。例えば、これらの話が比較的知られている。
日産自動車の面接で「GNPの意味は?」と問われた学生が「頑張れ(G)(「ガッツだ」説もあり)日産(N)パルサー(P)」と答え内定した。
サッポロビールの面接で面接官の質問に一切答えず黙ったままの男子学生に面接官が怒ると、彼は一言「男は黙ってサッポロビール」と言い放ち内定した。
もっとも、これらのことを実際にやると、「ふざけるな」「オリジナリティがない」などと落とされる可能性が非常に高い。
ブラック企業
一部のインターネットコミュニティで話題に上がる「社員にとって厳しい労働環境を持つ企業」のこと。ブラックの定義は、
過労死するほど社風として残業するのが当たり前、休日返上は当たり前。
その割に給料が安い、残業代などもってのほか。
入社後3年以内の離職率が高い。
仕事が誰でも覚えられる。または体力勝負で数年後にはぼろぼろになって使い捨てられる。
30歳近くになって給料が上がってくると首を切られる。
採用基準の不明瞭さ
選考のポイントは「人物重視」「表現力」「個性」などを重視するとしている企業がほとんどであるが、以下のようなことが現実としてある状況で、どのように前記のポイントを見極めているのかが非常に不明瞭であり、大半の学生は不信感を抱いている。インターネットからのエントリーが主流となった現在、有名企業や人気企業、大手企業であれば1社につき何万件と配信されてくるエントリーシートを全件、1件ずつ隅から隅までじっくりと目を通して慎重かつ公正に判定することが物理的に不可能である現実も、前述のような男女差別や学歴差別に拍車をかける要素の一つである。
面接やエントリーシート等では、ちょっとしたことを大きく膨らませてそれを「自分の経験」「長所」と表現することが多く、そのように指導するセミナーや本も多い。誇張された表現を鵜呑みにしていないかということもよく指摘される。
同じような服装をし、同じような就職活動をするものの、人物や個性を見極めきれているのかという疑問が出されることもある。基本的には学生側の問題とされるが、新卒一括採用という制度上の問題と考える意見もある。
活動時期の問題点
就職活動は大学生の場合、3年生の秋ごろからスタートし、半年から1年程度行うのが通常である。この間、大学の講義や卒業研究を抜けて活動を行わなければならない。しかし、一方で企業側からは、「大学での基礎的知識が身についていない」「資格や単位などをしっかりととって即戦力になってほしい」という発言がまま見られる。このようなことから、「企業側は採用活動の時期を考えるべきである」とする意見もあがっている。

[編集] フリーターと就職活動
失業者(勤務先の経営悪化による倒産やリストラ含む)やフリーターは、通常ハローワークに登録し、就職の斡旋を受けるケースが多い。(就職した普通科高卒者は、受験浪人の継続を断念して就職に変更するなど、学校からの斡旋を受けず、卒業後にハローワークからの斡旋や縁故で就職するケースが目立つ)フリーターという言葉が生まれたバブル期には、「定職に就けるのにあえて就かず好きな事をする」という肯定的な意味合いで用いられてきたが、今は学校を卒業しても職に就けず不本意にフリーターになるという事例が少なくないため、否定的な意味合いで使われる事が多い。そう使われる要因の1つが、企業はフリーターを職業経験と見なす事が少ないという社会の状況がある。そのため、フリーター、無業者の就職活動は、学校等のサポートがある新卒者よりも、一層厳しいといえる。

フリーターへの意識に関しては、厚生労働省が2004年にまとめた雇用管理調査に顕著であり、企業経営者や人事担当者の30.3%が、フリーターというスタイルに嫌疑的な反応を示し、「仕事の内容いかんで簡単に辞める傾向がある(否定的に答えたグループの7割)」や「責任感がない(同5割)」といった意見も聞かれる。しかし一方で、3.6%と非常に少数だが、フリーター経験を好意的に捉える向きもあり、これらの肯定的グループでは、豊富な経験やチャレンジ精神・他業種で培った技能を評価している。

中小企業経営者の中には「3年以上は同じ職場を経験しないと、必要な能力は一通り育たない」という意見が目立つので、短期アルバイトを繰り返しているケースでは、マイナス評価に成りこそすれ、好意的に見られる事は少ない。

また、フリーターを単純な労働力としてしか見なしていない雇用者もあり、フリーターはすぐ辞めるからという理由で就労教育がなおざりであるケースも散見される。このような職場環境ではフリーター自身にも何ら技能が身に付かないので、フリーターの多くが、仕事に現金収入以外の価値を見出せなくなる失速現象を起こしていると思われる節もある。これはパートタイマーなどの臨時雇用者にもたびたび見られる現象だが、雇用者と労働者の間に溝が出来た結果、労働意欲や責任感に乏しい労働者が量産されている構図も見受けられる。

中には上に書かれたフリーターの現実を利用し、将来を追い詰められたフリーターを安い給料で就職させて賃金の削減を図る会社もある。再就職する際には働く会社の状況も把握する事と、自分の売りやスキルを向上させる事が大事である。


[編集] 資料
次の表は、高卒者の求人倍率及び就職率の推移である。詳細は独立行政法人 労働政策研究・研修機構業務統計を活用した新規指標−2006を参照。

都道府県別・3月の新規学卒者求人倍率 年 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
北海道 1.8 1.7 1.5 1.3 1.4 1.4 1.3 1.2 1.2 1.2 1.3 1.3 1.2
青森 1.5 1.3 1.2 1.0 1.1 1.1 1.0 0.8 0.8 0.8 0.7 0.7 0.7
岩手 1.8 1.7 1.4 1.3 1.3 1.3 1.3 1.0 0.9 0.9 0.7 0.7 0.8
宮城 2.8 2.5 1.9 1.7 1.5 1.5 1.4 1.1 1.0 1.1 1.1 1.1 1.1
秋田 2.0 1.8 1.5 1.4 1.5 1.5 1.4 1.1 1.2 1.1 0.9 0.9 0.9
山形 2.7 2.4 2.0 1.7 1.6 1.6 1.5 1.2 0.9 1.0 0.9 0.9 0.9
福島 2.6 2.2 1.7 1.4 1.4 1.3 1.3 1.0 1.0 1.0 0.9 0.9 1.0
茨城 3.3 2.9 2.3 1.6 1.5 1.5 1.7 1.3 1.1 1.1 1.1 1.0 1.3
栃木 3.3 3.0 2.2 1.7 1.6 1.6 1.7 1.4 1.3 1.3 1.3 1.2 1.4
群馬 4.0 3.9 3.1 2.3 2.0 2.0 2.2 1.9 1.7 1.5 1.5 1.4 1.6
埼玉 2.7 2.5 2.1 1.7 1.5 1.4 1.6 1.4 1.2 1.2 1.3 1.2 1.2
千葉 2.6 2.5 2.0 1.5 1.4 1.3 1.3 1.3 1.0 1.1 1.2 1.1 1.2
東京 10.2 9.4 7.2 5.3 4.6 4.7 5.3 5.1 4.3 4.4 4.8 5.0 4.7
神奈川 3.9 3.6 2.8 2.1 1.8 1.9 2.2 1.8 1.5 1.7 1.8 1.7 1.5
新潟 3.0 2.7 2.3 2.2 2.1 2.1 2.1 1.5 1.3 1.2 1.3 1.2 1.2
富山 3.9 3.7 3.0 2.5 2.2 2.3 2.7 1.9 1.6 1.6 1.7 1.3 1.2
石川 3.3 3.2 2.6 2.1 1.9 2.0 2.1 1.5 1.4 1.3 1.3 1.2 1.3
福井 3.5 3.4 3.0 2.4 2.3 2.4 2.5 1.9 1.6 1.4 1.3 1.2 1.2
山梨 3.8 3.5 2.7 2.0 1.9 2.0 1.9 1.5 1.3 1.5 1.4 1.3 1.3
長野 3.7 3.5 3.1 2.5 2.4 2.4 2.4 2.0 1.7 1.7 1.5 1.4 1.5
岐阜 3.1 3.0 2.6 2.0 1.9 2.0 2.1 1.7 1.4 1.3 1.3 1.3 1.3
静岡 3.9 3.9 2.9 2.0 1.8 1.8 2.1 1.7 1.4 1.4 1.4 1.3 1.3
愛知 4.9 4.8 3.8 2.7 2.4 2.5 3.0 2.5 2.0 2.1 2.0 1.9 2.0
三重 3.1 2.9 2.4 1.8 1.7 1.8 2.0 1.5 1.2 1.2 1.1 1.1 1.1
滋賀 3.8 3.2 2.5 1.9 1.8 1.7 2.0 1.4 1.0 1.1 1.0 0.9 1.0
京都 3.5 3.3 2.5 2.0 1.8 2.0 2.2 1.8 1.5 1.5 1.4 1.4 1.5
大阪 4.6 4.3 3.5 2.6 2.2 2.5 2.9 2.5 1.9 1.9 1.9 1.7 2.0
兵庫 3.1 3.1 2.4 2.0 1.9 2.1 2.3 1.7 1.4 1.3 1.3 1.1 1.1
奈良 2.1 1.9 1.9 1.6 1.4 1.6 1.5 1.3 1.2 1.2 1.0 1.1 1.0
和歌山 2.2 2.1 1.7 1.4 1.5 1.3 1.4 1.0 0.8 0.8 0.7 0.8 0.8
鳥取 2.1 2.0 1.7 1.5 1.4 1.6 1.6 1.2 1.1 1.1 0.8 0.9 0.8
島根 1.8 1.7 1.6 1.5 1.5 1.5 1.4 1.1 1.0 1.0 0.9 0.8 0.8
岡山 2.6 2.4 2.1 1.6 1.6 1.6 1.7 1.3 1.1 1.1 1.0 1.1 1.1
広島 3.6 3.5 2.8 2.3 1.9 2.0 2.2 1.7 1.5 1.4 1.4 1.5 1.5
山口 2.0 1.9 1.6 1.3 1.2 1.3 1.3 1.1 1.0 1.1 0.9 1.0 1.0
徳島 2.2 2.1 2.0 1.8 1.8 1.6 1.7 1.3 1.2 1.2 1.0 0.9 0.9
香川 3.8 3.5 3.0 2.6 2.6 2.7 2.6 2.3 1.9 1.6 1.6 1.4 1.5
愛媛 2.6 2.4 2.1 1.8 1.8 1.8 1.9 1.5 1.3 1.2 1.1 1.1 1.1
高知 1.4 1.3 1.2 1.1 1.0 1.1 1.0 0.9 0.8 0.8 0.8 0.6 0.6
福岡 2.4 2.5 1.9 1.5 1.4 1.5 1.5 1.2 1.0 1.1 1.0 1.0 1.0
佐賀 1.8 1.8 1.6 1.4 1.3 1.2 1.1 0.9 0.7 0.7 0.7 0.7 0.7
長崎 1.4 1.4 1.1 1.0 0.9 0.9 0.8 0.7 0.7 0.7 0.6 0.5 0.6
熊本 1.9 1.8 1.7 1.3 1.2 1.1 1.0 0.7 0.7 0.8 0.7 0.8 0.8
大分 1.5 1.5 1.3 1.2 1.2 1.2 1.2 1.0 0.9 1.0 0.9 0.9 1.0
宮崎 1.3 1.1 1.0 1.0 0.9 0.9 0.8 0.6 0.7 0.6 0.6 0.6 0.6
鹿児島 1.2 1.0 0.9 1.0 0.9 0.8 0.8 0.6 1.0 0.7 0.6 0.6 0.6
沖縄 1.1 0.8 0.6 0.4 0.3 0.3 0.4 0.3 0.3 0.4 0.4 0.5 0.6
平均 3.3 3.1 2.5 1.9 1.8 1.8 1.9 1.6 1.3 1.3 1.3 1.3 1.3

出典:新規学卒者の労働市場(厚生労働省)
都道府県別・3月の新規学卒者就職率(資料出所:新規学卒者の労働市場) 年 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
北海道 99.9 99.8 99.8 99.6 99.1 99.3 99.0 98.0 98.1 98.1 97.0 96.3 95.8
青森 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.8 99.1 98.4 96.5 94.4 95.4
岩手 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.4 99.3 99.1 98.2 97.5 97.9
宮城 99.9 99.7 98.5 97.2 95.8 97.2 95.1 90.6 91.4 92.6 90.8 90.8 93.1
秋田 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.7 98.6 99.4 96.6 97.8 99.2
山形 100.0 100.0 99.9 99.5 99.6 99.2 98.8 98.5 98.3 98.1 96.3 95.7 97.2
福島 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.8 100.0 100.0 99.0 97.9 98.5
茨城 100.0 100.0 100.0 100.0 99.8 99.9 97.6 93.6 88.2 89.2 89.3 91.0 96.9
栃木 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.8 99.0 98.5 97.9 95.9 95.6 96.0
群馬 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.6 99.6 99.7 91.9 98.4 98.8
埼玉 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.5 98.7 98.1 97.3
千葉 99.9 99.5 99.6 98.0 99.0 95.6 96.0 95.8 94.2 96.9 94.8 96.3 97.4
東京 98.0 97.0 94.7 95.7 94.0 94.6 93.1 92.6 88.1 89.9 92.3 96.4 97.0
神奈川 100.0 99.8 100.0 100.0 98.6 99.3 99.7 94.3 99.6 98.9 96.5 97.6 92.5
新潟 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.9 100.0 99.9 99.9 99.9
富山 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.1 98.5 98.5 97.8 98.7 98.5
石川 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 96.7 99.4 99.5 97.9 98.2 98.1
福井 100.0 100.0 99.9 100.0 99.8 100.0 100.0 100.0 99.7 99.2 98.1 98.7 99.6
山梨 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 97.0 95.5 98.4 94.9
長野 99.9 100.0 99.9 99.9 100.0 100.0 100.0 100.0 99.6 100.0 100.0 100.0 100.0
岐阜 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.9 99.6 98.0 98.1 97.0 97.8 99.0
静岡 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.1 99.8 99.7 99.0 99.5
愛知 100.0 100.0 100.0 99.9 99.2 99.3 98.9 97.9 95.2 95.9 95.4 94.5 96.2
三重 100.0 100.0 100.0 99.8 100.0 99.8 99.8 99.9 99.9 99.6 98.9 97.0 97.6
滋賀 100.0 100.0 100.0 99.9 99.9 99.8 99.3 97.1 95.5 92.2 97.9 94.5 93.2
京都 100.0 100.0 97.8 97.9 97.1 98.2 97.5 95.0 93.7 95.2 95.4 95.0 96.9
大阪 99.7 99.9 99.9 99.9 99.8 99.8 99.6 98.2 96.3 96.6 95.7 94.7 95.3
兵庫 99.3 99.9 99.6 99.3 99.7 99.8 99.6 98.3 96.9 98.6 96.8 95.3 94.5
奈良 100.0 100.0 99.3 99.9 99.8 99.3 98.4 99.4 94.3 97.9 96.3 97.1 97.7
和歌山 100.0 100.0 97.7 98.2 97.2 97.9 96.7 95.2 93.3 93.4 91.5 89.9 94.3
鳥取 100.0 100.0 100.0 100.0 99.6 100.0 100.0 99.8 98.4 98.7 91.7 95.7 96.0
島根 100.0 100.0 100.0 99.9 100.0 99.9 100.0 100.0 100.0 99.9 99.6 99.3 99.3
岡山 100.0 100.0 100.0 99.8 99.1 99.7 99.8 100.0 97.3 96.2 93.2 93.3 97.6
広島 99.7 98.9 96.7 94.9 94.2 93.2 93.7 88.7 88.3 83.2 87.2 87.4 92.9
山口 100.0 100.0 99.9 99.7 99.6 99.7 99.9 99.9 99.9 99.8 98.0 98.6 99.0
徳島 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.8 94.7 94.8 96.6
香川 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.8 100.0